|
●ゲーム業界馬鹿発言大賞1994 ――1994年 12月 30日 発行 ――企画・編集 ざるの会 ※基本的に原文のままHTML化してあります。 ※各発言者の顔写真・寸評は割愛しました。 1994年 馬鹿発言大賞 ノミネート者 <50音順> 飯島健男さん (株)パンドラボックス代表取締役社長 石井ぜんじさん 月刊ゲーメスト編集長 石埜三千穂さん フリーライター/(株)ヘッドルーム所属 糸井重里さん コピーライター 佐久間亮介さん 佐藤大さん テキストサンプラー/ホワイトベース所属 渋谷洋一さん ハイローラー 杉森建さん ゲームデザイナー・漫画家/ゲームフリーク所属 高城剛さん 映像作家/フューチャーパイレーツ代表 田尻智さん ゲームデザイナー/ゲームフリーク代表 中本伸一さん (株)ハドソン常務取締役 平林久和さん ゲームアナリスト/(株)インターラクト代表 広井王子さん レッドカンパニー総帥 渡辺浩弐さん ハイテクコメンテーター 馬鹿発言大賞選考会議の模様を抜粋・要約して掲載することにしよう。なお、会議が開かれたのは1994年11月中旬の三日間、出席者は司会も含めて5人である。 司会:それでは始めたいと思います。まずは、レトロ感覚なゲームを作り続けるゲームフリークの田尻智さんの発言からみてみましょう。 田尻智――『テトリス』はテレビゲームに、いわゆる「落ちモノ」なるジャンルを確立したわけだ。〜中略〜ところが意外にも『テトリス』式の消滅条件を取り入れたゲームはほとんどない。現在90%以上の「落ちモノ」ゲームは、『コラムス』式の消滅条件を採用してゲームを作っているのである。〜中略〜ここで我々は『テトリス』と同様に『コラムス』のオリジナリティを再評価するべきだし、真に『テトリス』を継承する「落ちモノ」の登場を認識するべきだろう。 宝島30 94-5月号 143P 田尻智のゲーム温故知新より D:今ある「落ちモノ」ゲームのルーツは、実は『テトリス』ではなく『コラムス』だってことを発見したんだ、この人は。偉いねぇ。 C:コピーゲームを作る過程でね(笑)。『ノンタンのくるくるパズル』を作りながら、「ああ、そうか。俺は『テトリス』じゃなくて『コラムス』の真似をしているんだ」って発見した訳だ。 B:でも、そんなこと田尻に言われなくったって気付いてたよ。何年も前に。 A:気付いてたなら言わないとだめじゃないですか。 B:別に堂々と発表するほどのことじゃないと思ったんだよ。 C:そこで発表しちゃう所が田尻と君の差なんだよ。馬鹿かそうでないかの(笑)。 司会:ここで彼の作った『ノンタンのくるくるパズル』に関して、面白いレビューがあるので紹介しておきましょう。 浜村通信――業界人がアッと驚くような斬新なゲームを作ろうなんて、大いなる野望はミジンもない。キャラはノンタン。とりあえず落ちゲーでいこーよ的なコンセプト。明確なノンタンのキャラクター商品。そのいさぎよさが、ノンタンファンの世代にはピッタリくる。コレはコレでいいと思う。 週刊ファミコン通信 94-5/63号 39P 新作ゲームクロスレビューより A:浜村さん強烈だなぁ。「コレはコレでいいと思う」なんて、フォローになってないんじゃない? D:「ノンタンファンの世代」以外は買うな、ってことがビンビン伝わってくる好レビューだよ、これは。 C:田尻も反論できまい。 司会:田尻さんは馬鹿なくせにいろんな所で積極的に発言していますね。続けてもう少しピックアップしてみましょうか。 B:キジも鳴かずば撃たれまいに…。 D:そのことわざ、オヤジ臭いよ(笑)。 田尻智――うーん。「なぜ人がゲームをするのか」っていうことはわからないんです。でも、「面白いゲームはなぜ面白いのか」っていうことはわかる。それと「どうすると面白いゲームができるか」もわかってる。 EDゲーム・マガジン ver.3 114P ”ポスト・クソゲー”を越えてより 田尻智――どのハードでも、面白いゲームを作ることはできるんです。ゲームの面白さのひとつとして、「あちらをたてればこちらがたたず」というのがあります。そういった抽象化されたゲームのエキスは、次世代のハードにも使える人です。普遍的なゲームの面白さってあるんですよ。 HIPPON SUPER 94-2月号 101P みらいのゲームより D:「どうすると面白いゲームができるか」はわかってても、実現させることはできないんだねぇ。 B:俺もわかってるよ。「どうすると面白いゲームができるか」ぐらい。 A:どうするんですか? B:いくつか方法はあるんだが、一番確実なのは堀井雄二さんと宮本茂さんに頼むんだよ。重要なのは、田尻には頼まないこと(笑)。 C:小学生か、おまえは! A:まあ、田尻さん本人が『ノンタンのくるくるパズル』を「面白いゲーム」だと言い張るなら、彼の発言は、彼にとっては真実なんだけど…。 C:まあ好意的に解釈すれば、「わかっている」とは言っているが「実現できる」とは明言していないし、田尻本人が面白いゲームを作るとも明言してはいない。ただ、発言の背景に明確に体系化された認識が無いのが、彼の馬鹿の馬鹿たる所以だろう。 司会:余談ですけど、ゲームフリーク関係者では、こんな発言もみかけました。 杉森建――ゲームというのは単にアイデアを出して絵を描いてプログラムを組んでゆけばスケジュール通りに出来上がるものではありません。〜中略〜そうしたスタッフの苦労を思うと、発売日が2年遅れよーが1000年遅れよーが怒る気になんかなれません。 必本スーパー! 94-9月号 37P 僕達は、もう待ちきれない――『MOTHER2』発売によせてより B:結局、こいつらの頭の中からは金出してゲームをする客の存在が欠落してるんだよ。身内で褒め合ったりするのが大好きな馬鹿集団なんだよ。 D:言い切るなぁ(笑)。 司会:この人も相当馬鹿野郎ですよ。 B:出たな!顔デカ男! 飯島健男――僕は5年も6年もまえから精神病院が舞台の話を作りたいって言ってるんです。ただ単に舞台が、っていうだけなのに、それでもまったくだめ。「アブナイです」って。映画ならアカデミー賞ですよ? 週刊ファミコン通信 94-2/18号 100P 倫理 エッチと暴力はどこまで許されるか?より 飯島健男――どうしても自分の作りたいゲームが、精神病院を舞台にしないと表現できないものなんです。それがおもしろいかおもしろくないかはどうでもいいことなんですけど。 週刊ファミコン通信 94-5/63号 24P 明日の100万本ソフトを創るクリエーター集団より C:俺は、こういった放送禁止用語をわざと使ったりすることで「進歩派」ぶってる馬鹿は大嫌いだね。彼等のやってることは、幼児が「チンコ!マンコ!」と人前で叫んでるのと同じで、言っている言葉には何の意味もないんだ。単に周りの良識ある大人達が困った顔をするのが面白いから言ってるだけで、「表現の自由」や「過剰な自主規制」について真剣に考えている訳じゃないんだ。 B:つまり、飯島健男は顔のデカイ幼児なんだ(笑)。 D:う〜ん。相当な難産だったんだろうなぁ(笑)。 司会:続けて、別の発言を見ましょう。まだ先は長いですよ(笑)。 佐久間亮介――昨今のゲームソフトの大半は、露骨なまでにその時代の流行ばかりを追いかけ、それによって楽しさを提供しているように思える。こういった”楽しさ”は、時代が変わればプレイヤーにあたえる印象も大きく変わるのは当然。しかしゲームの核とするべき”楽しさ”とは、本来は不変的なものでなければならないのだ。流行ばかりを追いかけたものは、まやかしにすぎない。不変の”楽しさ”を備えた作品のなんと少ないことか。 マイコンBASIC Magazine 94-10月号 181P ファイナルステージより B:ん〜。わかってないなぁ。 D:彼が言う「流行ばかりを追いかけたもの」が何を指すのか、俺にはわからないが、ベーマガ系ライターのよく言う「ゲームはゲーム性」「見かけに騙されてはいけない」的な主張だよね。 B:今の時代の流行というと「対戦格闘」ってことだと思うんだけど、「暴力」こそ普遍的な楽しさじゃないのか? C:「対戦格闘」あるいは「格闘アクション」といったジャンルのゲームが、何故生まれてきたか、何故人気を得たか、を考えたことがあるのなら、このような愚かなことは言えまい。 B:考えられないんだよ、馬鹿は(笑)。 C:じゃあ、その馬鹿のために詳しく説明しよう(笑)。黎明期のゲームの楽しさの中心は「モニターの中のモノを動かすことができる」「何らかのルールで自分の能力が評価される」といった原始的なものだった。それ自体が画期的だったのだ。しかし、人間というものは、飽きる動物だ。刺激は必ず低減すると言い換えてもいい。 A:そこで、より強い刺激を求めていった結果、「格闘アクション」や「対戦格闘」といったゲームが考案された訳ですね。 C:うん。しかし、コンセプトは魅力的だが、その実現は困難だった。ビデオゲームの表現能力が限定要因になり「人間の暴力」を表現できなかった時代が、つい最近まで続いたんだ。人間を生き生きと動かせるようになった今、ようやく「暴力」という普遍的な刺激をゲームに活かせるようになったんだ。時代の流行と簡単に言うが、メーカーがいくら作ってもプレイヤーが支持しなければ流行にはならない。流行は原因ではなく結果なのだ。 B:はっきり言って、俺は流行だろうが何だろうが、今一番面白いビデオゲームが遊べればそれでいいね(笑)。 司会:次の発言も、なかなか間抜けですよ。 佐久間亮介――ユーザーはゲーム自体に楽しさを求めている。それを忘れ、ゲーム中に登場する美少女ばかりを全面に押し出し、セールスポイントとしていることのなんと多いことか。〜中略〜美少女ゲーム自体の存在を否定はしない。しかし、美少女という1点でユーザーに購入させるのは間違った方向性である。それならば美少女のグラフィックだけ収録したものを販売すればいい。 必本スーパー! 94-10月号 118P TV GAME BROADWAYより D:「ゲーム自体」とか言ってるけど、ゲームのどの要素で楽しもうが勝手じゃないか。こいつの想定する「ユーザー」って誰なんだよ? B:そもそも、こういう発言は的はずれだよ。「ゲーム中に登場する美少女」が実用レベル(笑)に達していないのなら、「これでは全然セールスポイントになっとらん!」と言えば済むことだ。「美少女のグラフィックは申し分ないがゲーム自体に問題がある」なんてことを言うのは、エロ漫画に心情描写を求めるようなものだ。もっとも、巧みな心情描写のおかげで、ますます実用度がアップすることもあるけどさ(笑)。 司会:一部では『バーチャファイター』がかなり話題になりましたね。『ストII』や『餓狼伝説』のような漫画文化的なノリを苦々しく思ってた人達が、『バーチャファイター』に飛びついたという感じでしたね。 渋谷洋一――これまでの格闘ゲームは、火の玉を発射したり、電気ビリビリ、女の子のエロチックな攻撃など、その世界観は漫画的でコミカル。それに対し『バーチャファイター』は飛び道具もお茶らけもない正統的硬派なゲームだ。その操作感覚も違う。これまでの格闘ゲームはどれだけ長いボタンとレバーのコマンドを連続し殺しの呪文を詠唱するか、のような感覚だったが、『バーチャファイター』はいわゆるキャンセル技という特殊な連続技やハメ技がない。 GURU VOL.3 165P HIGH ROLLER会”青山支部”より B:渋谷洋一は脳内麻薬に忠実だからな〜(笑)。 D:そうそう。悪気はないんだよ、悪気は(笑)。 C:かなり感情的な発言だね、これは。冷静に分析すれば、いわゆる「ゲーム性」では『バーチャファイター』よりも『ストII』の方が優れていることは明らかなんだが、革新的で強烈な「見る」部分と「いじる」部分のおかげで、「ゲーム性」のマイナスが相殺されているんだ。 A:計らずも私達の提唱する「ゲームデザイン入門」の主張が実証された感がありますね。 D:身内で褒め合うようなまねはやめろよ〜。「電視遊戯大賞」じゃあるまいし(笑)。 C:それはいいとして、渋谷洋一は、「ゲーム性」において『バーチャファイター』が背負っているマイナス部分すらもプラスに評価している訳だ。こうなっては、ひいきの引き倒し以外のなにものでもないな。 D:彼らは『ストII』をあまりやり込んでない感じがするんだけど…。 C:やり込んでいれば、コマンド技・キャンセル技・連続技・ハメ技が『ストII』の駆け引きの本質ではないことくらい分かるだろう。『ストII』が偉大なのは、バーチャ教信者が強調する「間合いとタイミング」だけでなく、それを含み凌駕する形の駆け引きの体系を構築したことだ。コマンド技云々はその一部分に過ぎないんだ。 B:単に表面的な印象だけで、物を語っている訳だな。 D:怖いな〜(笑)。そういう発言は自分に返ってくるよ。それに、苦々しく思ってた人達が「足払い合戦」の域までやり込む訳がないのは、当たり前じゃん。 A:ところで「パ・パ・キ」はコマンド技じゃないの?(笑) B:いや、あれは目押しコンボ。あ、目押しは必要ないか(笑)。 司会:次のような発言も困りますよね。 佐藤大――でもゲームってさCGがリアルとかじゃなくてプレーが命じゃん。『バーチャファイター』がいい証拠。雑誌とかじゃ一見、『ストII』よりチャチな画面がプレーで一変。 週刊ファミコン通信 94-3/11号 87P 次世代ゲーム機ダービーより D:これはまた紋切型な…。『スターフォックス』に関して言われていたコメントそっくり。 B:ただし、『バーチャファイター』が『ストII』よりチャチな画面というのは当てはまらないと思うが…。それに、渋谷洋一も賛成すると思うけど「CGがリアル」じゃなきゃ『バーチャファイター』は面白くもなんともないだろう。 C:認識が逆なんだよ。本当は「CGがリアル」で「ゲ−ム性」がチャチなんだ、『バーチャファイター』は。 D:彼らの頭の中では「リアル=悪」という図式ができてるんだよ。で、自分達の愛する『バーチャファイター』が非難されないように、必死になって、『バーチャファイター』は「リアル」じゃない、と弁解しているんだと思うよ。 B:そのイメ−ジの原因は、きっと「悪=松下=3DO」だ(笑)。 司会:そういえば、今年は次世代ゲーム機についての話題も盛り上がりましたね。 B:『FX』に関するこの発言にはブッ飛ぶよ。 中本伸一――キーを操作すると、この技だったらこの絵というのが出ればいいわけです。技っていうのは短い。1秒間もかからないで技が出ちゃいます。アニメーションであっても1秒間30枚しか絵を使わないんですよね。その30枚をメモリーに溜めときゃいい。それが3000枚あったとすると、100パターンになりますね。つまりユーザーの操作にしたがってリアルタイムに絵を出せるっていうことになる。 週刊ファミコン通信 94-6/10号 87P 日本の社長'94より C:まあ、理屈じゃそうだけど、実際にゲームで重要なのは「からみ」だろう?プレイヤーが単に動くだけじゃなくて、敵の状況や地形の状況などが複雑にからみ合うことにより、場合の数は膨大な量になる。結局、複雑にからみ合わないような単純なゲームしか実現できない羽目に陥るだろう。次世代機が聞いて呆れるよ。 A:多分その辺のことは中本さんもわかってて言ってるんじゃないですか?将来的な話になりますが、各家庭にネットワーク網が整備されれば、Cさんの言う膨大な量になる場合の数もホストコンピュータ上に用意できるようになるじゃないですか。もともと『FX』はデータ再生機に徹するというコンセプトな訳だし…。ただ、現状では肝心の再生すべきデータが質・量ともに貧弱だってことは確かなんだけど…。 D:Aさんは、中本氏に対してやけに好意的な見方をするね。 司会:では、この発言はどうでしょうか。 渡辺浩弐――ポリゴンという技術のおかげで、絵が緻密じゃなくてもリアル感は出せるということが頭の堅い企業のトップにもわかった。しかもポリゴンというのはマシンスペックを要求するし、ポリゴン数などといった数字で表わされる部分があるので、優劣の判断を言葉にしやすかったんです。 LOGIN 94-9/16号 131P 緊急座談会 もうCD-ROMとかで大騒ぎしてる時代じゃない!!より B:何言ってんだかなぁ〜?ポリゴンがコスト面・技術面で実用レベルになったのは、つい最近のことだろう。頭が堅かろうが、柔らかかろうが、やりたくてもできない世界だったんだよ。 D:実体のない「頭の堅い企業のトップ」みたいなイメージを創り出して、「わかってる僕達」を気取るのはやめてくれよ、馬鹿のくせに。 司会:まあ、次の発言の馬鹿さ加減に比べれば、まともな方だと思いますよ。 高城剛――16ビットから32ビットへの変化は、僕がいつもいってるんだけど人力車とフェラーリくらいの差がある。今まで人力車作ってきた人たちには本物のスポーツカーは作れないでしょ。フェラーリはF1のマシンを作ってた人たちが、寄ってたかって作ったマシンで。やはり根本的に違いますよね。3DOのソフトは、いままでワークステーションや本格的なCGを作ってた人たちがおもしろそうだっていうんで作り始めた。 3DOマガジン PREVIEW No.0 44P 3DOソフト最前線より B:インチキ臭いよな〜。 C:こんな下らないこといつも言うなよ。 D:「マルチメディアで一儲けを夢見るオヤジ」から銭を騙し取るにはこれぐらい吹かなきゃね。 C:あえて突っ込むなら、今まで曲がりなりにも金を取って客を乗せて走ってきた人力車に対して、自称「F1のマシンを作ってた人たち」の作るスポーツカーは、金を取って客を乗せてちゃんと走ることができるのか?勝手に暴走して客を置いてきぼりにするんじゃないかと心配なんだなぁ。 B:そんな心配は無用だよ。3DOに乗ってる人は少ないから(笑)。 D:そういう問題じゃないと思うが…。 司会:いわゆる「対戦格闘ブーム」に対する発言も目につきました。現状に警鐘を鳴らすような発言が多かったように思います。 石井ぜんじ――ストリートファイターIIの大ヒットにより、各メーカーはこの火を消してはならないと、どんどん類似ゲームを作り続けてきました。このことを責めるつもりはないのですが、その間新しい試みがおざなりにされていたために、他のジャンルのゲームは忘れられそうな雰囲気です。特に、一番ゲームをやりこみたい時期の学生層に、対戦格闘ゲームしか受け入れられない状況は、今後なんとかしていかないと大変だと思います。 月刊コインジャーナル 94-5月号 269P ITEMコラム「業界の現状と問題点を探る」より B:この口ぶりでは、「ゲームメーカーは、他のジャンルのゲームも忘れずに作れったら作れ〜」って感じだな。 D:石井ぜんじも「他のジャンル」と言ってはいるが、本心は「新しいジャンル」を待ち望んでいるんじゃないかな。 C:う〜ん、どうかな。俺には「他のジャンル」を生き残らせるための「新しい試み」を待ち望んでいるようにみえるが…。 司会:石井さんは他にもこんなことを言っています。 石井ぜんじ――プレイ時間をいかに短くして、なおかつ満足させる。これがアーケードゲーム究極の命題なのです。逆に言えば、他のジャンル、さまざまな別のゲームも生き残らせるには、プレイヤーがお金を投資すればいい、と言うことになります。ある意味では、ゲームセンターに設置されるに見合うだけのお金が投資されているゲームが、生き残る価値のあるゲームなのです。 ゲーメスト 94-7/30号 160P 論 なぜ新しさが必要なのかより B:これは「プレイヤーは、他のジャンルのゲームも忘れずにやれったらやれ〜」って感じだな。 司会:対戦格闘ゲーム以外のジャンルを生き残らせたいなら、ですね。 C:そこまでして生き残らせなくちゃならない理由って何? A:いや、だから一つのジャンルに頼っていては、それが飽きられた時に大変だからですよ。 D:今まで確立されたジャンルは継承しつつ新しいジャンルが生まれていく状態が石井ぜんじの理想なんだろうけど、過去に消費し尽くされたジャンルをむりやり生き残らせてもしょうがないよな。 B:それに「プレイヤーがお金を投資すれば」って言っても、個人レベルでインカムを入れても残念ながら状況は変わらないよ。それこそメーカーに直接注文を入れて1000台単位で購入するくらいじゃないと効果はないね。さらにゲーセンでも毎日100プレイすれば完璧。 A:ベーマガの彼みたいに中古で買っていては逆効果な訳ですね。メーカーの利益にはならないし、ゲームセンターの利益にもならないから最悪ですね。 司会:素人の発言なので今回は掲載を見合わせましたが、『ティンクルピット』を褒めるだけ褒めておいて、実は基板を買って家庭で遊んでいた彼のことですね。 C:昔のゲームは確かに面白いものも多いが、『ティンクルピット』のように、それが精一杯だった時代のゲームデザインの手法を未練がましく引きずることは、進化を否定した老人のする行為で、より面白いゲームを生み出すことはできないよ。 A:時代とともに娯楽は淘汰されてしまう運命なのかぁ。 C:営業形態が変わらない限りね。ただ、忘れてならないのは、このような厳しい環境だからこそ『ストII』や『バーチャファイター』のような刺激の強い娯楽が生まれたという事実だ。メーカーと客とが100円玉をかけて真剣勝負をしてきたからこそ、より強い刺激を持ったゲームが生まれてきたのだ。ゲームセンターで通用しなくなったジャンルを生き残らせるために、営業形態を変える等の何らかの保護対策をすれば、多様なジャンルは確保できるだろうが、それがプレイヤーのためになるとは考え難い。 D:つまり、メーカーは金儲けのことだけ考えてりゃいいんだ(笑)。 C:妙な使命感に燃えて、つまらないゲームを作られるよりはね。 B:つまり「メーカーは、金儲けを念頭に置いたゲームを作れったら作れ〜」ってことだな。 司会:参考までに、ゲーム業界以外の発言も紹介しておきます。 目黒考二――敵は任天堂である!ようするに、テレビゲームだ。〜中略〜なぜかというと、それが圧倒的に面白いからだ。子供たちは退屈なものには手を出さない。親から禁じられようとも彼らがやめないのは、それが面白いことを知っているからである。それは認めよう。たしかに面白い。しかし結果的には、テレビゲームに興じることが、必然的に読書時間を減らしていく。コミックの売上げの鈍化は、明らかにテレビゲームの影響ではないか。〜中略〜それらの他の娯楽に対抗し得る面白さをいかにすれば持つことが出来るか、というのが、この業界に与えられた命題なのである。 本の雑誌 94-7月号 1P 真空飛びひざ蹴り 敵は任天堂である!より D:結構わかってる発言じゃない。 C:わかってないのはゲーム業界の馬鹿ライターだけなんだよ。結局、この手の問題は、人間が本能だけで行動するから起こるんだよ。 A:理性で娯楽を楽しめたら仙人ですよ(笑)。 B:これは「子供達は、本や漫画も忘れずに読めったら読め〜」って…。 C:しつこいよ(笑)。 司会:言葉の魔術士、糸井重里さんが『MOTHER2』の発売時にこんな発言をしていましたね。 糸井重里――『3』はまだわからないけど、今回の『2』に関しては、大丈夫だと思いますよ。任天堂の宮本さんを満足させたゲームだから。宮本さんが、「初めてクリアーしたRPGだ」って言ってましたから(笑)。 週刊ファミコン通信 94-9/2号 23P 糸井重里大人と子供とおねーさんに語るより A:ゲームファンに信頼の厚い「任天堂の宮本さん」を持ち出すあたり、さすが広告屋、したたかですね。 D:実は俺も一応クリアーしたんだけど、満足はしてないなぁ。宮本さんも「満足した」とは言ってないんじゃない?「初めてクリアーしたRPGだ」って言ったんでしょ?なんか怪しいな〜。嫌々クリアーさせられたんじゃないのかね? A:糸井重里に「あなたがクリアーするだけで売り上げが伸びます」とか何とか言われて…。 B:いやいや、バグチェック(笑)。 D:本当に宮本さんが「満足した」って言ったんだとしたら、今後「宮本さんを満足させたゲーム」には注意が必要だな。 C:へぇ〜、意外だな。Dは宮本信者だったんだ。 D:信者とか言っちゃうとバーチャ教みたいだけどね(笑)。まあ、彼の言うことはまともだから、信頼していたことは確かだよ。 A:そもそもDさんの満足するレベルが、高すぎるんじゃないですか? B:Dはゲームインポなんだよ(笑)。 D:ああ、そうか(笑)。確かに『ハロー!パックマン』にも『カービィボウル』にも、何も感じなかったし…。 C:それでいいんだよ。通を気取って斬新なブスに勃起する方がどうかしてるんだよ(笑)。 司会:ゲームの評価についても馬鹿発言がありましたね。 広井王子――ゲーム業界の雑誌に対する不満なんだけど、ゲームに点数をつけるのはやめてほしい。〜中略〜ただし、人格をかけて点数をつけてほしい。だから当然顔写真と名前も掲載してほしい。覆面なんて言語道断ですよね。〜中略〜人が人格かけて作ったものに対して、変な名前の奴が6点とか点数をつけるんですよ。僕はそれがたまらなく悲しい。 ごくらくゲーム業界「メーカーだけが業界じゃない!」 18P 第一章 業界のカリスマたちより A:広井王子って本名なの? D:違うよ。 B:しかも、サングラスで素顔を隠してるんだ。僕はそれがたまらなく悲しい(笑)。 C:そういう初歩的な突っ込みは置いとくとして(笑)。人格かけて作ろうが何だろうが、客には関係ない。客が知りたいのは、そのゲームがどのくらい面白いのかであって、点数をつけた人の素性や人格ではない。匿名と評価の内容には何の関連性もないんだ。 司会:ゲーム雑誌で点数をつけている側からの発言もみてみましょう。 石埜三千穂――一度つけた点数にはあくまで責任を持っているつもりではあるが、自分でもテストプレイが不十分だと思うケースはある。〜中略〜しかし公正さにおいて、これ以上のシステムは現状では見られない。逆に、これほど独断的なシステムはないとも言えるのだが、しかし、個人名で責任を持つからこそ、ここまで好き勝手に書くことができるのだ。言わせてもらうが、私たちは本名も素顔も曝け出した上で正直な感想を書いている。そう、私たちには逃げ場がない。 HIPPON SUPER 94-2月号 34P TV GAME BROADWAYより A:なんか広井さんへのあてつけみたいな文章ですね。 C:結局、個人名で責任を持つかわりに、個人で責任の持てないことは書かないってことだろ。だいたい一介のライターがどんな責任を持てるんだよ。 D:そもそも、面白いゲームが不当に過小評価されている例はないんじゃないか?逆に言えば、本名も素顔も曝け出した場合の方が、メーカーとのしがらみで面白くないゲームが不当に過大評価される、というデメリットが生じるんじゃないか? 司会:確かに。それを裏付けるようなこんな発言もあります。 石埜三千穂――レビューのためのテストプレイはあくまでもメーカーさんのご厚意によってお借りしたサンプルROMに基づきます。つまりメーカーさんは、評価されることを承知の上でサンプルを貸し出してくれるわけです。この覚悟に対しては私は常に敬意を払っているつもりですし、また、感謝もしています。この気持ちを忘れてしまっては、批評は成り立ちません。 必本スーパー! 94-9月号 12P TV GAME BROADWAYより B:「メーカーさんのご厚意」なしにゲーム雑誌が成り立たない事情を語られてもなぁ。金を払ってゲームを買う客の「覚悟」に対しても敬意を払ってくれよ。 D:そのレビューなり批評は、一体誰のために、何のために書いているんだ?まさか、業界の健全な発展のため、なんて言うんじゃあるまいな。消費者が商品を選ぶときのために書く、という自覚があるならば、メーカーの「覚悟」なんかに関係なく正々堂々と評価すればいいんだよ。 C:こいつは自分の下した評価に自信がないんだよ。なぜそういう評価になるのか、といった理論的なバックボーンがないと言ってもいい。正直な感想を書くだけなら、小学生にだって書ける。 B:ようするに馬鹿なんだ(笑)。 D:君はレッテルの張りすぎだよ(笑)。 司会:またまた石井ぜんじさんの発言なのですが、発言のテーマが少し違うので別枠扱いにしてみました。 石井ぜんじ――ここに至って、その穴をついたゲームがいくつかヒットしてきていると思う。それが、カプコンのエイリアンVSプレデターと、タイトーのダライアス外伝である。〜中略〜この2作の成功は、大手メーカーが持てる技術力を結集して、質の高いゲームを作ったということにあると思う。〜中略〜高いレベルの総合力をシューティングに反映させてゲームを作ればプレイヤーにはとても目新しいゲームに見えるのは当然の結果である。〜中略〜大手の自覚を持って初心に帰り、面白いゲームをどんどん作っていってくれることを期待している。 月刊コインジャーナル 94-11月号 312P ITEMコラム「”エイリアンVSプレデター””ダライアス外伝”に見る大手メーカーの底力」より B:『エイリアンVSプレデター』とか『ダライアス外伝』ってヒットしたって言えるのかね? C:その辺の認識が、ライター等の業界人と我々では決定的に異なっているんだな。もっとも、明確な基準もなければ、販売実績やインカム等のデータが全く公開されていないから、しょうがないと言えばしょうがないんだけどね。 D:胸を張って「ヒットした」と言うには、全てのゲームセンターに1台以上入荷していないと苦しいだろう。基板の枚数だと、5〜8千枚くらいは売れてないとね。ちなみに信頼すべき筋(笑)からの情報によれば『極上パロディウス』が約4千枚だってさ。 A:じゃあ、中ヒットって感じですか? C:どうも胡散臭いなぁ。四捨五入して4千枚ってところだろう(笑)。まあ、数字的なことはデータが公開されていないので断言は出来ないが、『エイリアンVSプレデター』や『ダライアス外伝』がそんなに売れているとは思えないけどね。せいぜい2千枚じゃないのかな。 A:結局、ちゃんとした販売データや稼動状況が公開されない限り、「売れた」「売れない」は論じられないってことなんですね。 C:その通り。石井ぜんじこそ情報の公開を求めて立ち上がる必要があるのに、無根拠に「ヒット」「成功」と口にしているようでは駄目だ。 D:それに、『ダライアス外伝』が「プレイヤーにはとても目新しいゲームに見える」なんてことまで言ってるしなぁ。寝言は寝て言えよ。 B:「面白いゲームをどんどん作っていってくれることを期待している」のは勝手だけど、ゲーメストが面白いと思って作らせた『スコルピウス』や『アルティメット・エコロジー』の末路を見れば、彼らが面白い・画期的だと思うゲームは作ったって誰も遊ばないんだから、どのメーカーも作ってくれないだろうな。餓死する以前に空しいよ。 A:かといって、自分で作ったのではプレイする楽しみがなくなりますからね。考えて見ればかわいそうな人達ですね。 B:やっぱり、貴重な文化として国に保護してもらって生き延びるしかないね(笑)。 司会:さて、そろそろこのあたりで大賞最有力候補に登場して頂きましょうかね。 D:おお、あれか(笑)。 B:あれだな(笑)。 平林久和――僕はゲーム演出家っていう仕事を将来してみたいんですよ。あらかたできたゲームに、”これは当たり判定を1ドット内側にしたほうがいいですよ”というようなことをきちんと言ってすぐに直せる職業。補完的ではあるんだけれど重要なことですよね。 次世代ゲームスペシャル ED特別編集号 73P 次世代のゲームを考える ポスト32ビット時代の子供はデータDJの夢を見るのか? 次世代マシン発売前夜・特別座談会より B:いやあ。まいったな〜。 C:いいよなぁ、日本は平和で。「あらかたできたゲームに、”これは当たり判定を1ドット内側にしたほうがいいですよ”というようなことをきちんと言ってすぐに直せる職業」かぁ。凄い職業だなぁ。ルワンダの人には想像もつかないだろう。 B:ヒヨコの鑑定師みたいに、次々と当たり判定を直していくのかなぁ。「2ドット内側!」「1ドット外側!」って感じで(笑)。 D:こんな職業あったら俺もやりたい。給料泥棒そのもの(笑)。 A:これって、小学生の思い描くゲームデザイナー像ですよね。ちょっとした思いつきで、つまらないゲームを面白くする魔法の職業ってイメージ。 C:しかも、誰よりもゲームを愛しやり込んでいる自分こそがそれをやるべきだ、と思っているから始末におえない。 D:どうしようもない馬鹿野郎だ。 B:馬鹿だなぁ。本当に馬鹿だなぁ。 C:しみじみ言うなよ(笑)。 司会:それでは、総評的な部分は各人のコラムに譲るとして、最後に何かありますか? C:馬鹿発言じゃないんだけど、まともな発言もあったということで、二つほど紹介しておきたいな。 岩崎敬真――ある一定条件、マシンの性能がある程度あって、ディスプレイもそれなりならゲームにおいてもっとも重要な要素は「メモリ容量」だと言ってもまちがいない。(それどころか少々の性能にちがいがあったって埋めることもできる)。そして、ここに「ゲームはアイディアだ」とのたまう人(評論家によくいる)の陥っている、もっとも大きな落し穴がある。「ゲームがアイディアだけ」だったのは初期のファミコンとかパソコン(88時代ね)ぐらいまでで、いまではそんなことは少なくともプロの世界ではまったく通用しないのだ。 電撃王 94-4月号 76P わが夢のスタートレックより D:この人、日本語は下手だけど(笑)、言ってることはまともだね。 C:自分で紹介しておいて反論するのも何だが、アイデアだけのゲームもプロの世界で通用する場合もある。その場合、半端なアイデアでは全く駄目で、『テトリス』くらいの大発明をする必要があるけどね。 A:グラフィックを向上させるアイデアとか大容量を活かすアイデアが重要だ、という言い方ってあまりされませんからね。「アイデア=ハードの能力に依存しないゲーム上の工夫」といった硬直化した考え方が間違っているんですね。 B:いいこと言うねえ。 みうらじゅん――ゲームを教材なんかに活かそうとするとつまんないと思うんだ。大人の浅はかな知恵で子供はあれだけファミコンが好きなんだからゲーム能力と学習能力を合体させようと考えたら失敗すると思う。ゲームはゲームとしておいといて文化とかにならない方がいいんじゃないかな、やっぱり遊びだもの。 話の特集 94-5月号 165P みうらじゅんインタビュー ファミコン戦中派はクソゲーム買いながら戦ってきたより C:みうらじゅんの言う「やっぱり遊びだもの」には、遊びに対する愛情が感じられるね。ゲームは文化だとか芸術だとか言ってる奴らって、心のどこかで「ゲーム=遊び=悪」だと思っているんじゃないのかな。だから、「ゲーム=芸術=善」という図式で自分を正当化したいんだよ。これって「ヌード=猥褻=悪」っていうイメージを「ヌード=芸術=善」と言い換えて正当化しているのと同じだよ。 D:つまり、山下章は小市民的だと(笑)。 B:そして、Cさんは「遊び」と「猥褻」が大好きな快楽至上主義者だと(笑)。 C:あえて否定はしないけど(笑)。問題なのは「ゲーム=芸術=善」という図式で市民権を求めていった場合、確実にゲームはつまらなくなるということだ。既に兆候はみられるが、『モータルコンバット』みたいな残酷で楽しいゲームが抹殺される。『侍スピリッツ』も遊べなくなるね。人間の業(ごう)とか言うつもりはないが、人間の黒い欲望を満たす側面を持つビデオゲームを、小市民的感覚で文化・芸術と言い換えても、ろくなことにはならないってことだよ。 D:なんか、雁屋哲の脅し説教グルメ漫画みたいな論調だな(笑)。 司会:まだまだ話は尽きないのですが、この辺で大賞を選んで、解散したいと思います。皆さん、三日間どうもお疲れさまでした。 大賞の発表は次ページから。 (文責/ざるの会) |