占例43 「心の冬支度・・・(父の病気)」


大学病院の10階の病棟の外は、夕焼けから暗闇になる、とても美しい時間・・・
義父の病気の状況を医師より説明を受ける。
ガンが風船の様にふくらんで放っておけば破裂の可能性があり、手術が必要だが手術をすれば他の内臓が手術に耐えることができるか?・・・
どちらにするか・・・手術にするか・・・このままか・・・家族で決めて下さいとの事。
その医師の言葉にとても驚いた。
この時代に、その医師のあいまいなアドバイス!
義父はあと3年生きたい・・・手術する・・・その意思・・・
義母はこのまま何もせず家へ連れて帰りたいとの希望。
親族4人で話し合いを持つ。ため息ばかりの時がつづく。
義父の手術の可否・・・「易をたてさせてください。」と義母にお願いした。
そして・・・・高鳴る心臓の鼓動を震わせながら、易神にお願いすると・・・・
「易神は手術をして、前にも後にも進めないとあります」。
義母へ・・・「手術をしても良くも悪くもならない。この手術で命を落とすことはありません。」と、話しました。
それから3週間後・・。義父の手術は成功。しかし後に悪い所が見つかり、医師よりまた「再手術するかしないか決めてください。」と言われる。
今一度、易神にどうしたらよいのかお願いしよう。義父の一番幸せな道がどこにあるのかを・・・。

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占例42 「不妊からの脱出 Part2  すくすく育ってますか?」


2月のわらく通信の「よかったね、おめでとう」をみながらこれって私の事???って感じで読んでました。
そーなんです。私はわらくサンのおかげで体の改善が出来、念願の赤ちゃんも授かる事ができました。
始まりは「布ナプキン」。
開店前なのに仕事の都合で無理を言って開けて頂き、布なぷきんを購入しました。
その勢いで占いもしていただいたところ、2月に宿る!と言われ結果的にそれもピシャリ当たりました。
ただし、山あり谷ありなので努力をしないとと言われ体を温めたり、マッサージをしたりそちらはイクミさんのアドバイスで色々試してみました。
行く度に自分にあったアドバイス、商品の紹介をしていただき、
始めは「大丈夫かな?」、「アーユルヴェーダ?どこのオイルメーカー?」って感じだったんですが
試すもの、試すもの気持ちいいし体が楽になっていくのがわかるんです。
私はリウマチ、不妊症、子宮癌と気づいたら色んな不調が出てきていました。
「今までは病気になったら病院に行き医者に治してもらえばいい。」という考えが強かったのですが、
わらくに通い始めて自分の体は自分が一番よくわかるし、いい事をすれば「笑顔・楽しい」とプラスになるし、 よくないものを体に溜め込むと「不快・重い・冷たい」とマイナスに体が反応することがわかります。
そして、ストレスや時間に追われる毎日の中で何が一番大事な事か教えてくれました。
わらくと出会って色んな事がいい方に向かっていけている事を本当にうれしく思います。
これからは親子共々お世話になると思いますがよろしくお願いします。

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占例41 「ハレルヤ・・不妊からの脱出」


昨年(2007年)より、今年(2008年)一ヶ月に数人の不妊の女性・・・夫婦の占いがありました。
占いを始めた10年前と比較すると・・・とても多くなりました。
20代後半から30代の不妊に苦しむ女性がこんなに来店するとは思いもしませんでした。
不妊は未来ある占い・・・赤ちゃんの誕生にわらくが少しでもお役に立てるのならと気合を入れて占います。
冬のある日・・・30代前半の女性が疲れたか顔をして、わらくの占いルームへやって来られました。
食生活・・夫婦生活・・仕事の内容・・それからくるストレス・・20代前半の生活のリズム・・生理のリズム・・月のリズムをお聞きして、易の神にお伺いをたてました。
その答えは子宮の中・・・羊水の中に胎児がいます。
あ〜易の神がもうすぐ受胎することを暗示してくれています。
心を今一度リラックス・・・体をデトックスして。宇宙のリズム・・月のリズムに心と体を合わせて・・・
そして春の今あなたに新しい命が宿っています。
ハレルヤ・・・ハレルヤ・・・ハレルヤ
わらくのグッズとしては、布ナプキン、ハラマキ、そしてオーガニックのサプリをおすすめしました。
※今不妊のあなたへ・・・希望を捨てないで・・・まだ婦人科へ行ってないのなら、ファーストチャンスはまず基礎体温を測る・・そして婦人科へ行ってください。

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占例40 「小さな手」


月曜の昼下がり・・・お母様に連れられてわらくへ。
どうしたの?いくつかの質問に七海ちゃんは小さな手を握ったまま黙っています。
お母様の話からすると、今日は学校に行かなかった。
占いルームで七海ちゃんと2人の時が静かに流れる。
易神に七海ちゃんのことを尋ねると、・・・火が出ました。
『火・・・』どういう意味なのか?
『あっ!そうだ』温めればいいのでは?
七海ちゃんの手がポカポカになれば、体のキレが戻ることを暗示しています。
学校でのお友達のことも何も心配ナシ。
体を温めることを七海ちゃんにお話しました。
明日から学校に行こう。
小さくうなずく七海ちゃんに握手すると、小さな手がほんのり暖かくなっていました。
※お母様へ ありがとうございました。

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占例39 「メンター(恩師)との出会い」


大学を卒業して2年、迷路にはまったように進む道が定まらず、さまよっていました。
そんな時に、以前一度占ってもらったことのあるわらくに行ってみようと、ふと思いつきました。
自分で進めた進路は、なかなかうまくは進めなかったからです。
進学しようと思った学校が倒産し、職場が閉鎖され、適職を探していろいろなことに手を出しましたが、
もがけばもがくほど泥沼にはまっていくようでした。
自分で選択してもうまく行かないのだから・・・占いの先生に委ねてみよう・・・。
占いの結果、それまで全く興味のなかった公務員を勧められました。
年齢や職歴を考えると、一般企業よりもいいかもしれない。今がんばれば何とかなるかもと少し光が見えた気がしました。
初めはあまりやる気が起きませんでしたが、占いの先生に何度も相談にのってもらい、 その度に「一年でダメだったら来年も受けるという強い決意でがんばりなさい」と何度も励まされ、私も本気になれたと思います。
もう一人、私を合格に導いてくれた先生がいます。
占いの先生から紹介してもらった、面接指導の香月千尋先生です。
面接が苦手な私を、最後まであきらめずに指導していただきました。 面接の心得や必要な情報、斬新なアイディア、論文指導など多くのことを教えてもらいました。
そして、二人の先生に励まされ、助けられて無事に合格することができました。
わらくでは、体の扱い方についても教えてもらいました。試験勉強のとき、面接前と不安で仕方なかったときには、 バッチを飲んで心を落ち着け、ハラマキやハーブティで体を温めて気力をつけて、何とか乗り越えることができました。
どん底の時期に、二人のメンター(恩師)に出会って、道を照らしてもらったこと、背中を押してもらったこと、 本当に感謝しています。いつも本当の親のように、親身になってくださってありがとうございました。 「わらくに行けば何とかなる・・・」と香月先生がおっしゃっていましたが、本当にそうでした。
あんなに将来が不安で、不安でたまらなかったのが嘘みたいです。
今は、この先何が待っているのか楽しみに、一日一日過ごしています。

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占例38 「わらくとの出会いが人生の転機!!」


わらく」に行き来するようになり、もう2年くらいになるでしょうか。
本当に今振り返ってみても、たくさんの問題・壁はありましたが、いろいろなことがいい方向へ進み、
そしてこれからもさらにいい道を歩んでいけそうな未来を感じています。
というのも、今がチャンスだから!!と、そのチャンスの波から何回も外れようとする私を何回も救い上げてもらい、来年晴れて結婚することになったんです(嬉)。
本当に感謝しきれないほどに感謝しています。
こういう展開になるとは自分でも信じられませんが、そういうチャンスの波に乗せてもらいチャンスを逃さずつかめた結果だと思います。
チャンスの波に乗るって簡単なようで難しく、私のように曲がった方向へ自ら進もうとしていた者にとっては、その波が来ていることすら気づかず、 むしろ曲がった方向に進んで行っていることに満足し、「これが私の進むべき道!」と、しなくてもいい苦労を自らしょって生きてきたのかな、と。
わらく」に行く機会がなければ、この人生のチャンスを見逃し、今も平凡?につまらない、きつい試練のような毎日を送っていたかもしれないと思うとゾッとします。
知人の紹介で何気なく足を運んだその日を機に、なぜかそこに行くことが自分の中の癒しになりました。 わかりませんが、ここにくれば何か変わるかもしれない、というよりも私の心の中に何かに甘えたいというのがあったのか、 何かを変えてくれそうなそのよりどころが見つかった!と感じていたのかもしれません。
お店に行くことで癒されるとともに、そこの商品もアドバイスしてもらいながら使っていきました。
行き詰ったときには占いで自分を見てもらい、バッチなども飲みながら、少しづつですが自分の重荷と思っていたものが剥がれていったんでしょうね。
重荷が剥がれた分、運を積んでいくことができ、今に至ったのではないかと思います。 これも自分では絶対成し得なかったこと、「わらく」のおかげです!
感謝!感謝!!感謝!!!
結婚式まであと2ヶ月。今はめっきり腸内洗浄にはまってしまって、どんどん体の中の毒を出しています。
本当に臭い・・・でも、身も心もすっきりした状態で新しい人生の門出を迎えたいと張り切っています。
あと自分に足りないものは何なんだろう???今は悩みも前向きな悩みです!
今まで本当にありがとうございました、そしてこれからもよろしくお願いします。

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占例37 「65歳からの出発」


真夜中の12時過ぎ、またしても電話が鳴る・・・。
このところ1日4回くらい元の職場の先輩であり、友人のK子さんから電話がかかる・・・。
K子さんはキャリアウーマンで、独身を貫いて定年を迎え、さぁ〜これから、悠々自適に第二の人生!を楽しむ時期に入っていたはずなのに・・・。
話の内容はこの一年近く、常に「死にたい・・・」という言葉の連続。 それが段々、日増しに強くなり、食欲もなく体重はこの一年で10キロ近く激減。
徹底的に身体を検査しても何も異常は出てこず、つまるところ診療内科で「うつ病」という診断で、抗うつ剤を飲んでいたが、 回復のきざしすら見られず逆に悪くなる一方。
中国語を習っていた数年前のはつらつとしていた面影は消えうせ、電話のK子さんの声に、こちらまで棺おけに片足つっこんだ気分になっていく。
私のカウンセリングではどうにも解決のつかない深刻な壁につきあたり、そこで思いついたのが「わらくさんの占いと改名」だった。 疑い深いK子さんに、だめもとで占いを勧めてみると、まるで吸い寄せられるようにわらく行きを決め、占いを受け入れることができた。
占いの結果は、「よくぞ・・・ここまで、生きてこられた・・・」という結果。 彼女の目から涙があふれるのを初めて見た私だった。
「あの・・・60歳を過ぎているのですが、改名していただけるのでしょうか?」私は自分の耳を疑った。 あ、あのK子さんが・・・自分から???さっそくわらくの老占師に問い合わせていただくと、「急いで改名を!」とのお言葉を頂戴し、 K子さんに素敵な名前をつけてくださいました。 命名の日が偶然にも私の誕生日であったことも不思議でならない。
ダウジングによるバッチ・フラワーレメディを飲み、新しい名前の命名の儀式も無事終了し、1ヶ月がたった頃だろうか・・・。 日に4回の電話が1回くらいになり、段々・・・電話のない日も出てきた。
そして・・・2ヶ月が過ぎた。 こちらからの用事で電話をかけると・・・、
「あら?Tちゃん、お久しぶり。あのね、悪いけど私忙しいの・・・。今から中国語のサークル。そのあとは送別会なの。 もったいないわよね〜こんなに良い講座、やめる人がいるのよ!んじゃ!帰ってからまた電話するから!」プチン!と一方的に電話が切れた。 が、電話だけでなくこちらの気持ちも切れた。(誰よ!あんなに中国語なんてやめる、死にたい、きつい、ガンだ、なんだ!と、 まるで幽霊にとりつかれたような虚脱状態だったくせにぃ〜〜!)(笑)
こんなにも早く改名の効果が現われるなんて!本当にどうにもならなかったこの半年〜一年がまるで嘘のように思える。 親友の危機を救ってくださった、老占師、わらくの皆様には大変感謝しております。本当にありがとうございました。
60歳過ぎても改名によって救われた魂の奇跡と・・・深まる秋の紅葉のように、温かく、命燃ゆる彼女の姿を見て、わらくさんに向かって感謝の頭を下げる毎日です。 (おかげで私も楽になりました)(苦笑)
注)お客様からの投稿です。

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占例36 「運命を変える時」


それは突然やってきました。
学生のころから付き合っている彼氏の転勤の内示。場所は関西。
転勤のない職場と聞いていたのに、まさに晴天の霹靂。
私はすぐに老占師に占いをお願いしました。
すると、結果は「関西へは行ってはいけない。今の職場では体がもたないので、早めに転職をしなさい」とのこと。
思えば彼が今の会社に入社してから数年、帰りは午前様で、休日も出勤したり仕事を家に持ち帰ったり。 もともと体の強くない彼がこのまま今の職場で働けば、いずれ倒れて大変なことになる、とずっと心配していました。 しかしその状態に慣れてしまった彼にはその危機感がないようで、そのことがいつも2人の喧嘩のタネになっていました。 今年に入ってからは顔色も指先の色も紫になってきたので、「もうそろそろ限界かもしれない」と感じていました。
何年か前、私が自分の転職のことで悩んでいた時に彼に支えてもらって応援してもらって、いい職場を見つけて今まで続けてこられたので、今度は私が彼を助ける番だと思っています。
この転勤の内示は神様がくれたチャンス。 慎重な性格なため、なかなか転職に踏み切れなかった彼が、これを機会に職も変わって、心機一転、過労で悪い方へ行きかけていた運命も変えてくれたら・・・と切に思います。
自分から動かなくても、運命が切り替わる時というのはくるもんなんですね。
ずっと心の中で願っていたことがこんな形で現われるとは思ってもみませんでした。
まさにシンクロニシティの波に乗ったのだと思います。
占いが好きでない彼に「占いの結果がこうだから」と言って転職させることはできませんが、老占師に言われた彼の性格を考えながら、うまく転職する方向へ話をしてみるつもりです。
親身になって聞いていただき、ありがとうございました。
次回は2人の結婚の占いができるといいな・・・。(Eさま)
注)この占例はEさまのお話を基にしたフィクションであり、事実ではありません。

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占例35 「ここは座るところではありません」


小説家を目指し、勉強のため東京に出ようと考えていた。
体調をくずし休職していた私は、自分のやりたいことをやろうという結論を出したばかりだった。
でも、東京へ行く前に、ペンネームを相談したかった。
そこで、以前から気になっていた、わらくさんの占いに予約をし、先生に占ってもらうことになった。
ペンネームを相談すると、「ペンネームより本名が気になります」と先生。
私の本名はとても良くないらしく、今元気で生活をしているのが不思議だと言う。
また、改名によって結婚が決まった人もいて、名前は大事とのこと。
実は私は幼い頃から病弱で、幼稚園に入る前に、命にかかわるような病気をしたことがあった。
その後も病気がちで、思春期の頃から胃腸科や心療内科に通う日々が8年続いた。
ようやく体調が回復して、はじめて就職した会社で、今度は化学物質過敏症になり数ヶ月で休職。
そんな時に先生と出会って自分の名前のことを知り、東京に行く前に改名することを決意した。
続いて、東京に行って小説の勉強をすることについて占ってもらった。
「一日も早く東京に行きなさいって出てますよ。仕事は文章、それも文化面と出ています」
はっきり”文章”と出たことが嬉しくて、思わず涙目になって先生の話を聞いていた。
自分でなんとかしようと頑張れば頑張るほど、人との出会いが広がっていって、運もどんどん開けていくという。
今までの名前で生きてきた26年間を否定するわけではない。 前の名前だから出会えた人がいたし、経験できたことは、これから人のために生かしていこうと思う。
文章を書くことによって。 占いの帰りに寄ったデパートで、ふと目にした看板にこう書いてあった。
「ここは座るところではありません」
勇気を引き出し、背中を押してくれるわらくさんは、まさにそんな存在だと思う。
注)お客様からの投稿です。

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占例34 「勇気づけられました」


先日は、本当にありがとうございました。へそまがりの私に、いつも寛容な心で忍耐強く指導してくださって感謝しています。 もっと素直になれるように努力します。
ペンネームをいただき、ありがとうございました。この名前大好きです!名前を書いたり、呼ばれたりすると元気が出てきます。 老占師にも必ずお会いしてお礼がしたいです。
それからアールグレイの紅茶ありがとうございました。とてもおいしいです!紅茶を飲むたびに小川先生のやさしさを思いだします。 頂いてから毎日のように飲んでいます。
小川先生から頂いた占例を読んで、自分も「よし!がんばろう!」と励まされました。 先生の占例がたくさんの人に読まれることを願っています。たくさんの人に、先生のやさしさが伝わって、勇気づけられ、前向きな人生を歩むことができますようにと祈っています。
注)このお話はフィクションであり、事実ではありません。

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占例33 「ラスト・ラブ(HAPPY MAY!)」


あなたと出会ってもう7年くらい経っていると思います。
その間、ずっとあなたの占いをしてきましたね。
初めての占いは手術室でのスタッフとの人間関係の悩み、そして転職の可否。
泣いたり笑ったりの7年間でした。
毎年毎年、恋愛や結婚占いもしてきました。
”なぜ結婚相手と出会えないのか”と老占師に相談すると、
「鯛のような大物は釣れないけど、いつか結婚できる」とのこと。
そうして7年。わらくで体も心もピカピカに磨いて、ますます美しくなりましたね。
ある日、常連のお客さんの紹介で、無口だけど高倉健さんみたいな男性がわらくへお嫁さんを探しにやって来ました。 あなたへ「お見合いできませんか?」とTELしてから、びっくりするくらいとんとん拍子に話がすすみました。 ついにあなたは大物を見つけたのかも・・・。
そして、あなたは老占師へお見合いの報告と相談をしました。
すると老占師曰く、「これが最後の恋。絶対離すな!最後のチャンスにのりなさい」
この一言であなたは雷に打たれましたね。
昨夜、無口な高倉健さんへ私は背中を押しました。「さぁー、プロポーズ」
本当に二人ともおめでとう。
5月の晴天の日にあなたの高倉健さんが、あなたのご両親のもとへご挨拶に行きます。
注)お客様からの投稿です。

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占例32 「新たなスタートをきるあなたへ」


占いも後半にさしかかった時、あなたの黒い瞳から大粒の涙がぽたぽたと・・・。
「男性は愛せません・・・」
なぜ?・・・あなたの話は私の胸を痛めるものでした。
それまで派遣社員として働いていた職場を辞め、あなたはイギリスへ。
ガーデニングの勉強のための短期留学でした。
コツコツお金を貯めてやっと夢が叶ったあなたは充実した楽しい日々。
白人の男性が先生で、英語の勉強も順調に進んでいた矢先、思いもしない事件が・・・。
先生からのレイプにあってしまったのです。傷心のあなたは留学を途中でやめて日本へ帰国。
「男性が愛せません」どうしたら・・・。
もしかしたら・・・私は思いますが、どんなに信頼できる男性でもセックスの部分まで安心できるとは限らない。 男性を必要以上に恐れてもいけないが、信用しすぎてもダメ、と諭しました。
易神の占いの答えは・・・「港から船が出航する。良いことも悪いことも離散する。ゼロからの新しいスタート・・・涙の後に喜び訪れる。」
もう一度やり直そう。また職場に戻り、今あることを一日一日大切にして。
正社員になるための求職活動をしたいのならそれも大事。
あなたが勤めたいと思っているガーデニングの分野の仕事もたくさんある。
あなたの未来にはたくさんの仲間が待っていてくれている。
その中の一人にあなたの愛する男性がいる・・・。
自分さえガマンすればその場が丸く収まるなんて思わないで。
あなたの心や体が痛いときには「イタイ!」イヤな時は「イヤ!」と言って拒絶してもいいから。
あなたはもっと自分の心と体を大切にして・・・。 あなたの明るい未来を信じています。
注)このお話はフィクションであり、事実ではありません。

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占例31 「東京丸の内OL物語」


東京下町の谷中を散歩しながらわらくで占った3人の娘たちの物語を書きました。

★キャリアとして輝く時★
3年前、国立大学卒の28歳のわらくの常連のOLが人生をかけた・・・決心をしました。
21歳でK大を卒業後、アメリカへ留学。そして公認会計士の資格を取って帰国。それからが彼女の苦難の始まり。 地方都市には彼女のスキルを活かせる職場はなく、気がつけば派遣OLを・・・。
『東京へ行って、自分の英語の語学力やアメリカの公認会計士のスキルを活かして外資の証券会社へ行きたいのですが、いかがでしょうか?』
易神の答えはStep by Step(一歩一歩上昇)
あ〜これは思い切って決断して東京へ。
『○○○子さん・・・いよいよお別れですね。しっかり東京でがんばって。』
そうやって送り出して3年たちました。 正月、お盆の帰省のたび・・・『あ〜こんなに美しい人だったのか?』と驚くほど、体全体からオーラがでてきます。 本当に良かったネ。

★人生の3つの坂のひとつ・・・まさかの時・・・★
あなたの彼は日本を代表するゼネコン社員・・・24歳から交際、そして27歳、2人とも結婚を意識した頃・・・その時・・・あなたは東京丸の内でOLとして輝く女性。
まさかはやってきました。彼が中国出張で現場で自己に巻き込まれて、体が全身麻痺してベッド生活に。 それから2年間、あなたは一時OLを辞めて彼のリハビリに・・・。
あなたのご両親様が心配してわらくへ・・・。
ご両親様へ『東京へ所要で状況しますので、東京でお嬢様とお会いして易神に問いたいのですが・・・お嬢様へ連絡を!』
東京駅であなたと会って・・・易神にたずねると・・・
答えは『厳しい態度で今ある問題を断固・・・除去する時と出ました』
『あなたはもう充分彼を支えてきました・・・易神は次は自分自身の人生を強い気持ちで開拓せよ・・・と』
彼とそろそろ別の人生を歩く時が来ていることを暗示しています。
あなたの深い思いやりに感動しながらも・・・。

★夜間飛行★
羽田空港からあなたは澄みきった声でいつもわらくにTELしてきます。
あなたは国際線のエアラインのスチュワーデス。
CA・・・一ヶ月に何度か勤務する国内線・・・福岡空港勤務の時、わらくへ予約をしてきます。いつも・・・それはわらくの閉店間際・・・の夜間飛行。
あなたの努力で東京丸の内OLを辞めて転職してスチュワーデス試験を受け見事合格・・・契約社員から始まって正社員へ・・・そして国際線のCAとして今を迎えています。
あなたのこの4〜5年間をずっと見てきました。 あなたは努力家でした。 今回の占いは私を驚かすには充分の占いでした。
『スチュワーデスを辞めて学校の先生になりたい。その準備をしたいけど・・・』
私は心ふるえ・・・易神に問うと、新たな出発とでました。
あ〜これで本当に良いのかと・・・思いましたが。 あなたの決心は固かったのです。
CAとして国際線で鍛えた英語・・・CAとしてのあなたの生き方は東京の私立小中高の学校の女の子たちには良い手本となるように思えます。スチュワーデス先生・・・しっかり・・・。

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占例30 「鉄腕アトム」


あの時君は中学一年生。両親に連れてこられて暗い顔をしてわたしの前に立っていました。
今思うと・・・いじめで有名になった地域の近くに住んでいた。
両親の話では・・・小学5年生の時に数人からいじめられ、たたかれる。 小学校6年生の時に数人から言いがかりをつけられ、口を聞かないでいるとまたたたかれる。 中学1年でバレー部の練習についていけずバレー部を辞める。 中学校で他の小学校出身の生徒たちに「お前、いじめられていたのか!」と言われた。 そして、とうとう学校へ行けなくなってしまった、とのことでした。
君の手を触ると、ブヨブヨだった。 「君はもしかして、毎日コーラやジュース、スナック菓子を食べていない?」 両親はどうしたら学校へ行ってくれるか・・・涙、涙、涙・・・。
今まで4人の男子高校生の学校へ行かないことで占いして・・・。 でも、占いよりも時が解決してくれた気がする。みんな立ち直ってそれぞれの道を歩いている。
最初に易神に問うと・・・『改革・革新の時』との答えをいただきました。
「よし!よく今まで辛抱したね。最初にジュース、コーラ、お菓子を減らして。君におまじないをかけるよ。
そして毎日そのおまじないを紙に書いてね。 もし信じてくれるなら、半年後に君は鉄腕アトムになっているよ!」
そのおまじないは改名。君に強い名前をつけてみました。
君は、今は中学3年生の受験の時期を迎えて、再びやって来ました。
私は「お〜っ」と驚きました。目が黒々として、君は母に「かあちゃん、オレはもう昔のオレとは違う」
はっきり、しっかり、高校受験の報告を私にして帰りました。 目の前の君は鉄腕アトムだった。
※両親に食育の改善をお願いして、また数ヶ月間フラワーレメディとにんにくを摂ることを勧めました。
注)事実に基づいたフィクションです。

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占例29 「報告です!」


一昨年の終わり〜去年あたまにわらくの先生と老占師先生に占っていただき、その後のご報告をしなければと思っていたのですが遅くなってしまいました。
ワタクシ、今年結婚することになりました。 わらくの先生から「どんづまり」と言われた状態だったのですが、お2人の言葉を力にして過ごした結果です。 本当にありがとうございました!

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占例28 「お菊様〜スピリチュアルタイムトリップ〜」


一年に何度か易占いをされる女性の方が来訪されました。
毎回思うのですが、席にお座りになるだけで手のひらからオーラがでているのを感じます。
あ〜、この女性はとても霊の力が強いのではないかと思うのです。
今回の易占いの相談は、ふるさとの女性の敷地にまつられているお菊様について。

江戸時代、九州のある藩の家老大井様は、藩のお世継ぎである若様が大病にて生死をさまよった時に、 若様のお命が助かれば大井家の我が娘を神に差し出すと願をかけた。
その後、奇跡的に若様の大病が治った。
家老様は神とのちぎりにて、まだ3〜4歳であった娘の大井鶴姫の命を奪って神に差し上げた。
鶴姫には大井家一族の乳母のお菊様が母親以上に愛を注いでいた。
家老様の行為を知った乳母のお菊様は狂乱して・・・髪を乱して嘆き悲しむ・・・。
そして、お菊様は鶴姫を追って自害した。
「許せぬ・・・末代まで大井家家老をのろう」
それを知った家老様は乳母の怨念を恐れ驚いて、家老の敷地内に乳母お菊様をほこらに供養して現代に至っている。
そのほこらをその女性のご両親がお守りしてきたが、ご両親も高齢になり、老夫婦2人だけになり、 これ以上お菊様をお守りできなくなってきた。
ここで、将来守れなくなれば、誰も省みずにただの石となってしまう。
お菊様に易占にておたずねください、との女性の願いだった。

私の力で易占いできるか・・・。
心を無心にお菊様の姿を想い占ったら・・・お菊様が旅にでる姿が見えた。
女性にこうお願いした。
ふるさとのお寺にてお菊様の供養と、もしそのほこらが荒れ果てるのであれば、ふるさとの市で歴史遺物としてひきとっていただくか、お寺に安置するか。
お菊様の悲しい心にふれるとともに、お菊様の愛の力を知り、女性と私の2人で易占いする中で江戸時代へタイムスリップしたのでした。お菊様の魂に合掌。
注)お客様の話を元にしたフィクションです。

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占例27 「命名」


この度は大変素晴らしい命名ありがとうございました。
10/22までに命名の儀を無事に終えることができ感謝いたしております。
お祝いの品、大切に使わせていただきます。
今後もわらく様の発展を願っています。
また何かありましたらご相談させてください。

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占例26 「はなわさん音楽賞おめでとう」


昨年の11月(一年前)、はなわさんがTVの取材レポートでわらくへ来られました。
その中で占いをさせて頂きました。
一昨年「佐賀の歌」で12月の紅白歌合戦に出演して1年・・・
「今年は紅白に出演できませんが、来年はどうですか?」
易神にたずねると、「蓄積基盤ができた時、天の道を四方八方かけめぐる」と出ました。
「努力してください。必ず希望が叶うでしょう」とお話しました。
あれから1年。TVを見て、ますます元気に活躍される姿を拝見しています。
そしてはなわさんの音楽賞のトロフィを手にした姿を目にして、易神の深い心にふれた想いがします。
芸人として2007年も輝きますようお祈りします。

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占例25 「学長」


秋のある日・・・。
旅行カバンを持った60歳前後の身なり人相の立派な男性が来られました。
愛娘の紹介で占いに来られたそうです。
この旅行が終われば、ある大きな大学の地方校の学長として赴任するので、
学長としての占いをしてほしいとのことでした。
今年の春までヨーロッパの大学で教授として教鞭をとった後、本校に戻り教鞭をとっていましたが、
理事会より地方校の学長としての学校経営を任されたそうです。
易神にこの想いをたずねると・・・、「一難去ってまた一難」と教えています。
お話を伺えば少子化時代、大学の定員率が60%になって経営を圧迫しており、
また教員・職員の中に現在の状況を忘れ、必死さを忘れた人たちが少し見られるとのこと。
「先生・・・、これはどん底・・・今は耐えて辛抱・・・内面充実しかありません」
1年すれば先の結果と結論が見えてきます。そこで今一度来訪ください、とお話し、お別れしました。
学長・・・、Never Give Up!
注)事実に基づいたフィクションです。

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占例24 「小学校教師一年生」


おめでとう!社会人一年生にあなたはなりました。思い出の中で目頭が熱くなります。
あなたに出会ったのは、あなたが高校3年生のセーラー服姿の頃でした。ミッションスクールの凛々しい姿でした。
「小学校の教師になりたいんです!」
あなたは、わたしに受験に弱いこと、試験中は頭の中が真っ白になってしまうことを語りました。
易神に今のあなたの状態を質問すると、答えは「産みの苦しみ」とでました。
リラックスして・・・。なぜ教師になりたいかをしっかり心に刻んで大学受験するようお話しましたね。
その後、あなたは大きな瞳に涙を浮かべてわらくへ・・・。
「不合格でした。」
わたしは、来年はきっと合格するから一年間がんばろうと励ましました。あなたは一年間しっかり頑張りましたね。
次の受験の時、再度易神に質問しました。答えは「相思相愛」とでました。「天の神と女神があなたの両肩に乗っているから、 手がすらすら動いて答案が書けるから」とあなたへお話しました。
そして、希望の大学へあなたは合格しました。
今、あなたは22歳になりました。18歳から毎年わらくへ来ていただいてありがとう。
あなたなら世の中のため、子どものための教師にきっとなれます!
社会人としていろんな経験をすると思いますが、あなたの勇気を忘れないで一歩一歩道を進んでください。 易神はあなたに教師が天職と教えています。
注)ご本人の承諾を得て掲載させていただいています。ノンフィクションです。

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占例23 「夢の第一歩」


最初に占ってもらおうかなと思ったのは、就職先を福岡で探していて2ヶ所の会社のうちどちらにするか迷っていた時でした。
その時出た答えは明確で、A社に行けば皆同じ方向を向いてがんばっていける、B社は皆がそれぞればらばらで思い悩むといったことでした。
B社はもともと合わないなと感じていたためやめて、やはりA社に入社することにしました。
同期にも恵まれしばらくは楽しく働きました。
1年が過ぎ、職場でトラブルがあったので、以前から改名をすすめられていたのを思い出し、 バランスの取れた性格に変われるよう老占師に改名をしてもらいました。
トラブルの方は落ち着き2年が経ちました。
改名をして転機が訪れたのは2005年でした。
異動になったため自分のしたい仕事ができなくなり、転職を考えていた頃、わらくへ足を運ぶとひょんなことで大学院のパンフレットが手に入りました。
前々から医療系の大学院へ行きたいと考えていたので、私は「これも縁ではないだろうか」と考え、説明会へ行きました。
年末が近づき、時間的に余裕もなく本当に大学院へ行けるのか不安でしたが、わらくの先生に力を借り、とんとん拍子にことが運びめでたく合格となりました。
これを書いている今日、大学院のオリエンテーションに行きます。
忙しくなりそうですががんばります。
夢の第一歩です。いつもありがとうございます。(長崎出身 M.Yさん)
注)ご本人の承諾を得て掲載させていただいています。ノンフィクションです。

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占例22 「赤ちゃんの名前ついたよ」


新しい年度を迎えました。
先日は母や従姉妹共々大変お世話になりました。
今回の占いでは参考になることが多く、とても感謝しております。
実は不思議なことなんですが、付けていただいた名前「〇〇〇」は、私が母のお腹の中にいる時に両親が私に付けようとしていた名前でした。
産まれてみるとわたしが女だったので慌てたらしいのですが。
なので、頂いた名前に何か運命を感じました。
また夫も頂いた名前を一目見たときから、「いいなぁ」と思ったそうです。
早速名づけ、当日から名前で呼びかけています。
夫は8月の旧暦の盆休みに迎えに来るそうです。
その際、数日の滞在予定なので、赤ちゃんの体調等の様子を見て、家族3人でわらくに遊びに行きたいと思います。
私もいずれわらくのように人の助けになるような生き方をしていきたいと思います。
一言お礼まで。(熊本 M.Iさん) 注)ご本人の承諾を得て掲載させていただいています。ノンフィクションです。

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占例21 「ささやかな幸せを感じれるようになった今」


一昨年の夏、占いをお願いしたところ 「改名した方がいいよ」と言われ、老占師に名前をつけてもらいました。
その名前は今までのものと全然違っていましたが、素敵な名前でうれしかったです。
改名後の変化を聞かれると、人が見て劇的に変わったことはないけれど、私の内側での変化は大きいといえます。 ささやかな幸せを感じることが増えました。
今までの人生でこんなに穏やかで満たされた気持ちでいられたことはありませんでした。
占っていただいた時に言われたわたしの性格は実際とはかなり違うなぁと思いました。
しかし、改名後時間が経つにつれ、改名前の私は占いで言われたとおりではないかと思い当たりました。
そして、なぜ実際の私と違うのか謎がとけ、点であったものが線となってつながっていきました。
今、自分を知っていくことに夢中です。
老占師(先生)から「私はもう年をとっているから、若い人たちに良い事は伝えなさい」と言われましたが、 どう伝えるとよいのかわかりません。
一言伝えるとすると、「良い言葉を心がけ、良い想念を抱いて生きること」
私もまだまだですが、皆さん一歩一歩進みましょう。
最後にいつもやさしい言葉をかけてくださるわらくの先生ありがとうございます。
老占師、どうぞ長生きしてください。ありがとうございました。(中央区 K.Nさん)

注)ご本人の承諾を得て掲載させていただいています。ノンフィクションです。

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占例20 「大きくはばたけ・・・」


わらくの先生、老占師に出会うまでは占いはあまり信じていませんでした。
たまたま、ふらっと何かに導かれるようにわらくに入り、今後のことを知りたくてわらくの先生にみていただくと、 「夫はトンズラするよ。」と厳しい一言。
まさか・・・と思いながら帰り、その2日後には「離婚しよう。」でした。
自分の中でガラガラと今まで頑張っていたものが崩れ、その後はわらくに通い続ける日々。
「どうしたら良くなりますか?」といつもアドバイスを頂く。
その中で、冷静に今の現状を受け入れ、事を進めていくことにしました。
そうすると、自分の中ですんなり離婚を受け入れる事ができ、スムーズに相手に感謝の心でキッパリと離れることができました。
自分がどんどんよみがえってくる感じがして、ようやく生き生きと生きている実感ができました。
先生に報告をすると、先生は「負けてはダメだよ。頑張りぬくことが大事だったんだよ。」といってくださったことが本当にうれしい瞬間でした。
その後も就職・家・保育園と小さな山が残されていて、子どもと幸せに明るく楽しく生きていくにはどういう心で進んだらいいか知りたく、 わらくの先生と老占師に相談に行き、素敵な名前もつけて頂きました。
それから急にトントンと今まで進まなかったことが進むようになりました。
早速、就職は先生方が言っていた通りに決まり、家も保育園もとても通いやすい場所にきまりました。
この素晴らしい出会いのお陰でこんなに沢山のことが良い方向に進み、強くたくましくなれたことに本当に感謝しています。 わらくの占いは占いを超えてぐいぐい良い運命に進ませてくれます。
必ず良い運命の船に案内してくれる素晴らしい人生の道案内の場所です。
頼るのではなく、信じることでより効果が実感できる毎日を過ごさせて頂いています。
本当にこんな穏やかな日が来るなんて・・・。ありがとうございました。(中央区:M.Kさん)
注)ご本人の承諾を得て掲載させていただいています。ノンフィクションです。

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占例19 「パンパカパーン!」


こんにちは。ご無沙汰してます。
昨年も色々心配をかけお世話になりました。
また今年も悩み事ができたら、その時はよろしくお願いいたします。
(今のところは大丈夫です)
その後の私の報告があってお手紙を書きました。
ジャジャジャーン。今年4月に結婚することになりました。
挙式を桜坂セントマルティーヌ教会で、披露宴をグランドハイアットでします。
先生にお言葉を頂いた時は、17年度中に結婚を決めるなんてことはまず無理だろうと思っていましたが、 途中からなぜか自分に自信が出てきて、必ず私の思い通りになるって気持ちになっていました。
これから苦労するとは思いますが、彼についていこうと決心しました。
偶然なことに挙式日も先生が言われた1ヶ月の中に入っていて絶対に楽しい結婚式になるなと思っています。
先生のおかげで私の夢が1つかないました。ありがとうございました。(中央区:Hさん)
注)ご本人の承諾を得て掲載させていただいています。ノンフィクションです。

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占例18 「結婚に向けてゴーゴー!」


確か昨年の9月のある日、わらくさんに行くと、隣で占いをしていました。
「あっ占いですねー、わたしも一度見てもらおうかな」と言うと、
店長が「ちょうど明日なら空いているわよ」と。すっごく良いタイミングで、すぐに予約をして帰ったのでした。
次の日、いざ占いの部屋へ。そう悩んでいるわけではなかったのですが、「仕事と恋愛について」占ってもらうことに。
そしていろいろとお話しながら、さいころを振ってみると・・・、とても良い数字が出て、先生もびっくり。なぜなら私は本厄だったからです。どうも今年は絶好調らしい、9月から6ヶ月先の3月に結婚かぁ??仕事も変わるかもぉ??なんて盛り上がりつつ、「婚期を逃しやすい」名前だったので、念のため老占師に相談してみることになりました。
数日後、緊張しながら老占師と電話をすると、「あなたはそのお相手と結婚をすることになっていますよ」と最初に言われて、びっくりする間もなく、私の体調のこと、結婚後の心構えなどをアドバイスしてもらいました。しかし、肝心なこと、どうやって結婚までこぎつけたらいいのかを聞くことを忘れ、電話を切ってしまいました。
その後、まったく結婚話が出る気配もなく、焦り気味になってわらくさんに寄ったついでに店長に相談すると、「じゃあそのままにしてたらいいのよ」と言ってもらって、肩の力が抜け、そのまま2ヶ月が過ぎました。
2ヵ月後の11月に東京からお偉いさんが来ました。実は1年前に東京転勤の話を断っていた私。「そろそろ東京に来ない?」と再び転勤の話をもちかけられました。
「もう断れないよなぁ・・・」と思いました。それは今の職場に限界を感じていて、そろそろ環境を変えなければいけないと感じていたからです。
そこで思い切って彼氏に相談しました。「東京転勤の話が来てるんだけど。私もそろそろ環境を変えたいと思っていて。一緒に東京に行く?」(これって逆プロポーズ?誘導尋問?)
そうすると彼氏が初めて「一緒に住むなら結婚してからじゃないと・・・」と結婚の言葉が!!それからいろいろと話をすると、彼が本気で結婚を考えていることがわかりました。
「じゃあ、いつごろ結婚する?」と私が聞くと、彼が「3月がいい!!」と。パンパカパーン!占い大当たり!!じゃあ、3月結婚に向けてゴーゴーだわ。・・・と思ったのもつかの間、結婚彼の仕事の予定が重なり、3月に挙式ができなくなってしまいました。彼のご両親やいろんな事情を考慮すると、結局3月予定が10月に先延ばしになったのです。
結構これは私にとってショックで、立ち直るのに時間がかかりました。本当に好きな人なら、1年2年遅くなっても平気なはず・・・ですが、そういう気分にはなれず、早く結婚したいばかりでした。でもそのあと、仕事の引継ぎやいろんなことがあって、結婚まで人生の夏休みだと思って、楽しもう、とそう思えるようになれました。
占いって不思議なもので、未熟な私はその言葉に焦ったり、支えられたりしました。
いろんな人に支えられて、自分があるっていうことも改めて勉強になりました。
わらくの先生、老占師、店長、本当にありがとうございました。
結婚後もいろいろとお世話になると思いますが、よろしくお願いします!(中央区:N・Yさん)
注)ご本人の承諾を得て掲載させていただいています。ノンフィクションです。

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占例17 「新しい自分に出会える・・・?」


私が初めてわらくへ行ったのは1年前のことです。
従姉妹に誘われて、期待しながらわらくへ向かいました。
初めての占いは、何を相談してよいのかわからず、戸惑っていたのを覚えています。
でも、2度目の占いは違っていました。
それは、自分の相談ではなく、兄の相談になっていたのです。
私の兄は年子で、高校3年生では生徒会長を務める、正義感の強い兄でした。
ところが、卒業式を境に変わってしまったのです。
突然、何日も家を空けるようになり、不安定な日々が続きました。
高校時代に私は、そんな兄に腹がたち、家で顔を会わせるたびに喧嘩をしていました。
やがて、社会人になった私は、そんな兄のことをいつの間にか心配するようになり、何かできることはないかと、 わらくの先生に話を聞いてもらっていました。
いつしか、母も連れて行くようになり、母は老占い師にも話を聞いてもらうことができました。
わらくへ通うたびに、先生と老占い師はとても親身になってアドバイスをしていただきました。
そして、初めて兄をわらくへ連れて行った時は、先生が定食に就かない兄に派遣会社を教えてくれました。 私たちにとっては、まるで身内に対するような有難い行為でした。
その後も、いくつか仕事を紹介してもらったのですが、結局は決めることができませんでした。
迷いの末、老占い師のアドバイスで南の島が吉ということで、南の島の民宿で雇ってもらえることになりました。 兄も気持ちを入れ替えて1から頑張るという意気込みで島へ向かいました。
この問題は、とても家族だけでは乗り越えられなかたっと思います。
辛い時期に先生と会えて、とても精神的にも支えられました。
私の想像していた占いと違って、わらくの占いに全てを任せるのではなく、自分の考えを持ったうえで、そこに対しての意見を言ってもらえるので、自分を見つめなおすことができました。
もし、今行き詰っている人がいるならば、今までの自分を変えるために、わらくのドアを叩いてみてはいかがですか?きっと今までの自分と違う、新しい自分に出会えると思います。
注)ご本人の承諾を得て掲載させていただいています。ノンフィクションです。

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占例16 「奇跡の出産!」


長年待ち望んだ男児を無事出産しました。
妊娠から出産・産後すべて奇跡の母子となりました。
親友の紹介で電話をかけ、大名へ足を運んでから4年近く経ちました。
当時は夫の仕事のことで相談をしたのですが、「よくいらしてくださいました。お2人ご一緒でよかった」の第一声にホッとした記憶があります。
去年、引越しの日にちの相談で電話をしたとき、 「来年はまるで海外旅行をした時のような気分の年。病院へ行けば病気も治る。きっと赤ちゃんじゃないでしょうか?」と言われ、 声を震わせて泣いたのが昨日のことのようです。
今年の初め不妊治療を始めようと病院へ行ったら、その時すでに妊娠3ヶ月でした。
妊娠中つわりもなく、のんびりゆったりの毎日を過ごすことができました。子宮筋腫切開手術の経験があり、高齢のため、出産は帝王切開と病院の先生から言われていました。
わらくさんが出産に良い日と言われた日と、先生が37週と5日のこの日にしましょうと言われた日がピッタリと一致しました。
手術中は会話がはっきり聞き取れます。オペの応援に来た院長の知人医師が「恐ろしくなった」と言われ、 私はもうこれで死んでしまうのかな?と思いながらも、わらくさんから子どもにつけていただいた名前を何度も何度も心の中で叫び、 前日その名前を縫い付けた肌着を思い浮かべ、私も赤ちゃんもきっと大丈夫と信じていました。
それから間もなくして、先生が「よくこんな子宮の中でここまで大きくなったね。生まれる前から修羅場をくぐったから、 きっと将来大物になるよ。あとはお母さんの執念だね」と言われ、
「男の子です。ギリギリの体重ですが、母子ともにこの病院で入院できますよ。奇跡の瞬間に立ち合わせてくれてありがとう」 と涙が今にもこぼれ落ちそうな先生が、私の傍らで言われました。
夫も立ち会ってくれていました。夫やかけつけてくれていた母や妹家族には「当院での初産最高齢の記録を更新しました。 筋腫が大きくなっていたけど、ふたりともよく頑張りました」と終始笑顔で言われたそうです。
次の日、先生が病室へ来られた時、「先生ありがとうございました」と両手で先生の手を握りしめお礼を言うと、 「私も涙がこぼれ落ちるのをこらえるのがやっとでした」と言われました。
看護婦さんから帝王切開の出産者は血栓になりやすいのでベットの上でも足を動かしたり左右に体を傾けたりするように言われ、 言われたとおりにしていると「赤ちゃんもすごいけど、ママもすごい。でも最初からそんなに飛ばさないように」 と私の元気のよさに驚かれました。
低出生体重児用のミルクを飲んでスクスクと成長し、1ヶ月検診では身長50cm、体重3,436gでした。 子宮筋腫の人は着床するのが難しいと言われています。それなのに、こうして今は母子ともに健康で過ごしています。 この子のお陰でいろんな奇跡を体験しています。
わらくさんへ電話したことによって、どうしようかなと思った時に背中をポンと押してくれる強い見方ができたように感じています。 わらくの皆さん本当にありがとうございました。(Iさん)
注)ご本人さまの承諾を得て掲載させて頂いています。事実をもとにしたフィクションです。

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占例15 「ハッピーウェディング」


いつもお力になってくださり、ありがとうございます。
また、今回はお父様にも占っていただき、一生にそうない機会が巡ってきているのだなぁと実感しました。
先日は、昨年か一昨年に私とそちらに伺い、占っていただいた友人の披露宴でした。
その時は、実家から出てひとり暮らしをするべきか悩んでいたのですが、
先生に「次に家から出るのは結婚する時だから。それまで家にいた方がいいよ」とアドバイスされたことが現実となりました。
ご両親もとても喜ばれている様子でしたし、何より彼女が楽しそうなこと、新郎の温かい人柄に、私も嬉し涙を流しっぱなしでした。
彼女に続くことができるのか少々不安ではありますが、短期決戦でがんばります。
私が幸せになることが周りの幸せというお言葉を信じて、とりあえず彼と決着をつけたいと思います。
うれしいご報告ができることを祈りつつ・・・。
引き続きよろしくお願い申し上げます。(M.Uさん)
注)ご本人さまの承諾を得て掲載させて頂いています。事実をもとにしたフィクションです。

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占例14 「青年は荒野をめざす」


お彼岸の日・・・、博多はまだまだ暑い日が続いていました。
「もしもし?」
「今、博多駅にいます・・。
「どうぞお待ちしております」
今日の占例はここから始まりです。
わらくへ・・・来店されました。25歳前後の女性でした。
「母の元を家出した、今博多駅のウィークリーマンションに1週間滞在を予約しました。
私・・・これからどうしたらよいのでしょうか?」
あ〜〜と深いため息をわらくの私は吐いてしまいました。でも、ファイト!と自分に言い聞かせて・・・、
女性はK市から来たとのこと。古い城下町です。その濃い人間関係の中での母との対立でした。
まず、母との関係を占えば、暗闇とでました。これは体に病気がある母はますます悪くなるばかり、ということです。 母は彼女のケイタイに泣いて実家へ戻ってほしいと訴えてきます。
ここで私はあることを思い出しました。長野のわたしのお客様であるN子さんが大手リゾートホテルで住み込みで派遣で働いていることを。 東京での芸術関係の仕事につくために頑張っています。2〜3日前、一時帰休でわらくに寄られました。きれいで素敵な女性となり、元気なオーラがでていました。
「これだ!?」と私は思い、女性に提案しました。
「家ではダメだ!家を出るならK市のお母様にきちっとお話をして。」
「どうだろう?知り合いの女性g8ヶ月長野で元気に働いている。家出するより、そこで数ヶ月働いて次のステップにしませんか?」
私は魂を込めて易神に問いました。
今、この女性・・・長野へ行ってよいのか?
・・・易神の答えは「人生の旅に出よ」とありました。
わたしの深い溜息が、逆に心震える占いとなりました。

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占例13 「Babyへの一番のプレゼントは名前ですよ!」


わらくさんとのお付き合いは、わらくさんがオープンしてすぐに私がぶらっと入ってからです。
お茶会や陶芸など、いろんな催しに参加させていただきました。
主人と出会って、占いの先生に「いい人だよ。」と言われて結婚し、結婚式にも来ていただきました。
子どもの名前は男か女か聞かず二人で本を見ながら考えていましたが、お店のスタッフの人から「名前は一生のものだから」と言われ、 コツコツ貯めた貯金箱を開けてお願いすることになりました。それでも「2人の希望の名前はいくつか持ってきて」と言われ、 この中のどれかになればいいなと思っていました。
しかし、私たちの希望の名前はあっさり却下され、男の子と女の子の名前が決まりましたが、女の子の名前が主人のいとこの奥さんと同じ名前だったので、 困らせてしまいました。
でも、 帰る間際のギリギリまでかかって決めてもらいました。
予定日まで約1ケ月、名前は決まったけど男か女か聞かずに楽しみにしていたので、お腹に呼びかけることはできませんでしたが、 今思えば強い名前を決めていただいたせいか、お腹の中にいる時からとても親孝行でした。
それは予定日には全然出てくる気配がなく、私の父がぽっくりと亡くなってしまいました。
葬儀や役所などの手続き、家の片付けが一段落した、予定日より1週間遅れの誕生となりました。 1週間待っていてくれたおかげで3,650gまで大きくなった女の子でした。
わらくさんにつけていただいた名前を命名しました。
たくさんの人から祝福を受け、今のところ大きなケガも病気もなく育っています。産後のおっぱいも順調でしたが、 ミルクも飲んでくれて預ける時が助かりました。これも名前のお陰かなと感謝しています。 名前に負けないよう、親子で成長できるように頑張りたいと思います。

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占例12 「ホームレスの父を探して1000km」


わらくの易占は旅行ガイド「マップル」の福岡版に掲載されているため、北海道から沖縄まで旅の途中で占いに来店されます。
暑い夏の日、大きなバックを持ったその高い美しい女性はやってきました。イスに座ると同時に大きな瞳から涙・・涙・・。 私はおろおろして、
「どうしましたか?」
「高校一年生の時、いなくなった父を捜して福岡へ来ました。高校生の時、実家が商売に行き詰って長崎を父が去り、行方知らずとなり、 風の噂で父はホームレスになった」、と・・・。
「インターネットでずっと父を捜して来ました。私は東京の大病院で看護師をしています。ふるさとの長崎を出て今、東京で働き、 安定しています。インターネットで福岡のボランティアNPOに聞き、父が博多にいることがわかりました。 父は病気にてNPOの方々の世話で入院しているとこのと・・。私は父の世話のため、東京を引き上げ福岡に来たいと思います。 そのためには東京の病院も辞めなくてはなりません。先生、どうしたらよいのでしょうか?」
私は易神に問いました。この娘・・今はどうするべきか。
易神の答えは・・・今は博多へ来てはならない。しかし、父には親孝行せよ!東京の仕事を辞めてはならない、との答えでした。
今、父は入院中。そして、生活保護を受給しています。彼女が博多へ来ても父を支える収入にはなりません。彼女の負担は大きくなり、 2人とも共倒れとなります。ここは・・・博多へ来てはいけません。今後、お休みの時に父の元を訪れ、親孝行してください。 その心が魂を浄化して、貴女を幸せの風へ導きます。
彼女の涙に、私の頬にも涙が・・・。あぁ〜、世の中っていろんなことがある・・・。
夏の一番の思い出の占いとなりました。

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占例11 「改名した私」


私は、名前を変えることで自分を変えるチャンスをもらいました。
結婚後、、変化にうまく適応できずにもがいていた時に、冬至占いという来年の運勢を占う風習があると知りました。 わらくの占いの先生に「名前の画数が良くないよ」と言われたこともあり、すぐに老占師に占ってもらえるようお願いしました。
占いの結果は「今、夫の運勢がとても悪い時なので、愚痴ひとつ言わずに支えてあげなさい。」ということでした。 その後、旧い教訓のような話が続いたので、「え〜、そんなことできるかいな」と疑問でしたが、「はい」と素直に聞き、 新しい名前をもらいました。
日が経つにつれ、私に明らかな変化が出てきました。
「えっ、そんなことできないよ(したくないよ)」と思うことにぶつかった時、 「ああ、”エリカ”(以前の名前)にはできなかったことでも、”てるか”(新しい名前)にならきっとできるんだろう」と 考えるようにしたところ、だんだんできなかったこと(しなかったこと)ができるようになりました。 そして、改名以前の自分と以後の自分を違う名前で区別することにより、改名以前には気づかなかった自分の弱点が分かるようになってきました。
それは、 「人の話に耳を傾け、素直に聞くこと」ができていなかったということです。
そこで、人から聞いた話がその時はよく分からなくても、頭の片隅において日々の生活の中で少しづつ解いていき、「ああ、あれはこういうことだったのか。なるほど。」 と納得したことはすぐに行動に移すようにしました。
そうやって少しづつ「夫(男)を立てて支える」という考え方を理解し、納得し、実行していくうちに、今では私の気持ちが落ち着き、 結婚して以来夫婦の関係がいちばん穏やかになりました。
占いというのは当たる当たらないだけでなく、普段人から言ってもらえない自分の弱点を教えてもらい、改め、 今後の人生をさらに生きやすくしてくれるものなんだなぁ、ということが分かり、心から感謝しています。ありがとうございます。
 これからもこの占いによって多くの人が良い道を選んでゆけるよう願っています。

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