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山本美保さんの件について
山梨県警の動き(別窓で開きます)
山本美保さんの件について(同級生の会制作)

 先日の国民集会で渡されたパンフレットの中に山梨県警が発表した山本美保さんの「自殺」について、疑問点を挙げた「同級生の会」のみなさんが作成した事件の年表付き小冊子がありました。山梨県警の「死亡」発表には多くの疑問符があるのですが、マスコミが取り上げていないため、ご存知ない方も多いようです。一人でも多くの方に疑問符を知っていただきたく、転載しました。

 今、日本国の最高責任者である小泉首相自身が5人の被害者のご家族の帰国で幕を引こうとしております。特定失踪者全員の解決が成されなければ、拉致問題は終わりません。ぜひ、お読みくださいますよう。 
○前書き

 去る3月5日、全国に「山本美保さん、山形の遺体とDNA一致、自殺の可能性……」という報道が流れました。ご支援下さっていた方々には大変な衝撃が走ったことと思います。美保さんとの再会を願っていた私達にとっては震えるほどのショックでした。しかしながら、20年も身元が分からず、遠いところに無縁仏でいた美保さんの遺骨が、山本家のお墓に埋葬されるのであれば、皆様に署名などご支援をいただいたお陰で、美保さんの行方の真相が究明できたのだと気持ちを落ち着かせておりました。

 ところが、警察の発表の時点から矛盾点が次々に浮かび、このご遺体が美保さんであるとは到底納得できない状態になりました。私達は11日に県警に対して「質問状」を提出し、様々な疑問点に答えてくださるよう要求しました。17日に回答書が返ってきたのですが、納得できるどころか、又更に疑問点が増え、家族は苦しい気持ちでいっぱいになっています。
 家族はもちろん、私達支援団体も真実が知りたいだけなのです。あの山形のご遺体が、本当に美保さんなのであれば、一刻も早くご供養してあげたいのです。しかし、納得の出来る説明が県警から得られず、到底今回の発表は受け入れられるものではありません。
 家族や支援団体が矛盾に感じていることを記述いたしました。是非、皆様にご覧になっていただきたいと思います。

(1)何故、今頃になって山形のご遺体との照合をしたのか?

=表(別窓で開きます)・矛盾点、疑問点の欄 ※1を参照して下さい。=
 美保さんが消息を絶って4日後、1984年6月8日に柏崎の海岸でバッグが見つかり、翌9日に新潟県警に捜索願いを出している。山形県遊佐町でこの遺体が発見されたのは、わずか12日後の6月21日である。失踪日、バッグ発見場所、遺体発見場所からいって、この時に照合されていたと考えるのが普通ではないか。

=表・矛盾点、疑問点の欄 ※2を参照して下さい。= 
 翌年(1985年)4月15日には山梨県警に捜索願を出している。7月3日に県警防犯課の方から、「美保さんに関して依然、情報無し。本人と思われる該当者もない」と、家族に連絡を頂いている。回答書によると、たった2日後の7月5日に山形のご遺体の情報を県警は入手したとなっている。失踪日、バッグ発見場所、性別からいって、この時にも照合される機会はあったはずである。
 
=表・矛盾点、疑問点の欄 ※3−1、3−2を参照して下さい。=
 失踪2年後(1986年)12月2日には、富山県の身元不明遺体の照合。富山県警から連絡があり、そのご遺体の特徴として歯並びのこと、靴のサイズのことを聞いたが違うことが判明。失踪4年後(1988年)11月29日には東京の身元不明遺体との照合。警視庁から連絡があり、性別などから美保さんの可能性あり……と言う連絡だったが照合の結果違うことが判明した。身元不明遺体の中で、どこかしら美保さんと思われる項目のある遺体に関しては、連絡があり、タイムリーに照合してきていることは確かである。

○以上のことを総合的に考えると
 発見日や場所から言っても、山形県遊佐町のご遺体に対して警察が「見落とした」ということは考えにくい。なぜならば、照合するチャンスは1回だけではなかった。しかも富山の件、東京の件よりも発見日、発見場所から言えば山形県遊佐町の件の方が可能性は高いはずである。山形遊佐町のご遺体は美保さんではないと確定できる物があったため照合に至らなかったのではないか? 実際、先日(4月7日)に家族が県警に行き、山形のご遺体の資料を閲覧させて頂いたが、遺留品のサイズにかなりの誤差があること、又身体的なサイズにもかなりの誤差があることが分かった。

(2)DNA鑑定結果が出るまでの経緯に対する疑問

 回答書によると(※4)、2002年10月23日に「山形のご遺体に対して着目した」と書いてある。何故、今頃?と、不思議に感じるところではあるが、この時点でやっと、着目したのであればすぐに家族に連絡を入れ、遺留品の確認、遺体の特徴の照合などを行うはずである。着目していることも伝えず、遺留品の照合もせず、家族に黙ったままでDNA鑑定に出している。「山形のご遺体とのDNA鑑定」という言葉を聞いたのは今年の3月4日、あの県警の発表前日である。
=表・矛盾点、疑問点の欄 ※5を参照して下さい。=
 「山形のご遺体に着目した」と回答している10月23日より約1ヶ月半後……。
 2002年12月5日、新潟県警から2名、山梨県警から3名、計5名で山本家を訪問し、捜査の近況報告をして下さった。きめ細かい捜査をして下さっている事がよく分かる。新潟県警、山梨県警共に、「手がかりが全くない状況なので、今後もあらゆる面から捜査をしていく」と家族に伝える。回答書の通り、10月23日に山形のご遺体に着目していたのであれば、何故家族に伝えないのか? 実際に捜査をして下さっている方々は、この山形のご遺体について知っていたのか?
 
=表・矛盾点、疑問点の欄 ※6,7,8,10を参照して下さい。=
@ 2003年4月26日、県警は家族に対し「山形の遺体とのDNA鑑定をするため美砂さんの血液を採取したい」と伝えたとあるが、家族はそうは聞いていない。「これから全国の身元不明者に対してDNA鑑定をしていく場合があるので美砂さんの血液を採取したい」と聞いている。
A 回答書によると2003年5月、警察庁科学警察研究所に第1回目の鑑定に出したとなっている。
 何故、DNA鑑定などという大事な話を家族に全く伝えずに行ったのか。
B 回答書によると2003年7月22日、「DNA鑑定の結果、山形の不明遺体に美保さんの可能性があります。しかし断定的ではないので、2回目の鑑定に出します」と家族に伝えた。となっているが、もちろんそんなことは聞いていない。
C 県警が山形県のご遺体に着目して1年14日も経って、やっと遺留品の確認をしている。2度に渡る遺留品確認の時にも「DNA鑑定をしていることを家族に伝えた」としている。もちろん家族は聞いていない。
 普通に、常識的に考えて、このような「伝えた」「聞いてない」の矛盾があるものだろうか?
 @のようにある特定の遺体とDNA鑑定をすると言われたら、そのご遺体の発見された日や場所、どういう特徴のあるご遺体なのか、気になって仕方ないはずである。ましてやBのように「美保さんの可能性があるが……」などと言われたら、普通の精神状態ではなくなる。2度目の鑑定の結果が気になって仕方ないはずである。Cでも、同じ事である。常識的に考えて、明らかに矛盾した話である。DNA鑑定などと言う大事なことを黙ったままで行った事に対しての不信感もだが、それ以上に聞いていないことを「伝えた」という(しかも4回も)回答書を作る動きに強い不信感を感じる。
 
(3)遺留品の照合について


 県警が「山形のご遺体に着目」してから1年14日も経ってやっと、遺留品の写真の照合をしている。2度の照合の結果、家族は「美保の物ではない」と言っている。しかし、Gパンは普通のGパンに見えた為、Gパンに関しては「この写真では何とも言えない」と答えている。しかし、警察の回答書には、「家族は写真だけでは判別できないと答えた」と書いている。何故Gパンの事だけについて書くのか?
 先日、4月7日に県警で、山形のご遺体の資料を閲覧させて頂いた。再度、詳しく遺留品の情報を教えて頂いた結果、Gパン、下着などのサイズがかなり違うことが判明。しかも、Gパンは普通のGパンではなく、デザイン的なものだった。そのGパンには、全く見覚えがない。美保さんがはきそうなGパンとは趣味的には、ほど遠い。年齢的にも趣味的にもあまり多くの装飾品を持たない美保さんのネックレスは全て、実家にまだ保管されている。

 (2)(3)のように家族が聞いていないことを「伝えた」としたり、Gパンのことだけを取り上げ「遺留品に関して家族は写真だけでは判別できないと答えた」と回答書に記述するのは何故か? 県警側はこの回答書をマスコミにコピーして渡すことは快諾していた。マスコミに流す言葉の使い方に不信感を感じる。

(4)発表時の疑問点

 2003年6月上旬、回答書によると第1回目のDNA鑑定の結果が出たとされている。7月22日にその結果を家族に伝えたとしている(一切、家族は聞いていないが……)。第1回目の場合、結果が出てから1ヶ月半以上も家族に伝えていないことになる。しかしながら、今回※11にあるように、3月4日夕方…… 電話連絡での確認だけ、鑑定書が手元にない状態で慌てて美砂さんに連絡を入れている。「昭和59年6月に山形の海岸で上がった遺体と美砂さんのDNA鑑定の結果、一致しました。明日、午前中に名古屋に鑑定書を取りに行ってきます」何故、そんなに慌てて報告しているのか?
=表・矛盾点、疑問点の欄 ※12を参照して下さい。= 

  3月5日……県警側3名、家族は美砂さんと義弟の直行さんで入室した。県警側は執拗にお母さんの同行を求め、第3者(支援者)の入室を頑なに断った。DNA鑑定の専門家が同席しているわけでなく、「私達にもよく分からないのですが、この数字を見て下さい。ここに99.9999997……と書いてありますね。これが一卵性双生児ということなんです」と伝えられた。「骨髄は2度の鑑定で使い切りました。又、鑑定書はプライバシーの問題なので家族以外には見せられない。転写して持ち帰ることも駄目です」と言われる。まだ家族が説明を受けている最中なのにも関わらず、フジテレビが「山本美保さん遺体発見。自殺の可能性……」と報道をする。自宅にいて、何も知らされていなかったお母さんは、報道により知らされることになる。このあとの警察発表の内容と全く同じことがすでに流されていた。どういうルートで、フジテレビは家族より先に知っていたのか?

(5)その他


 3月17日に、県警が回答書を山本家に持ってきて下さった時のことである。「これからもあらゆる場合を想定して、捜査を継続します」との説明に対し、支援者の一人が「では何故3月5日の警察発表の広報文に“自殺の可能性”とだけ書いたのですか?」と質問をした。すると「美保さんは拉致の可能性もあり、事件性も考えられ、自殺の可能性もあると思っています。美保さんは拉致の可能性大だと言うことは周知のことですのであえて、“自殺”だけ書きました」と答えた。「ああいう広報文だと、世論は“自殺だったんだ”という認識になっています」と言うと、「それは心外です」と答えた。この会話を聞いていて、あまりにも常識的でない言葉の使い方に違和感を感じた。この場合もマスコミに対して配った文書の使い方に不信感が募る。


(6)山形のご遺体の資料を閲覧して

 4月7日に家族、弁護士、歯科医同行の元、閲覧させて頂きました。遺留品に関しては(3)に記述したとおりです。

 このご遺体は両足大腿部から無くなっており、推定身長として160〜170cmと記載されている。座高から推定すると、とても大きい方だと思われる。女性としては、ましてや20年前では、まれにみる大きい方だと推定される。なのにも関わらず、遺留品の下着のサイズから、とても細く華奢な方である。結果、このご遺体の女性はかなりの長身でとても細い方、と像が浮かぶ。美保さんの高3の身体測定の結果、座高、体重、胸囲などを見てもかなり差があり、高3からの2年間で更に体重が増えていることから、このご遺体との身体的特徴とは一致する物は見当たらない。Gパンに関しては、当時美保さんがはいていたGパンが現存しているが、かなりサイズが違う。下着、Gパン共に無理があるサイズであった。と言うより、無理をしても着用不可能な細いサイズであった。
 死後3週間から3ヶ月と言う解剖結果だが、このご遺体が美保さんだとしたら(バッグを柏崎の海岸に置いて入水したとしたら)13日しか経っていない。最短でも約1週間の誤差がある。しかも、ご遺体の状況から考えて、たった2週間でこのような状況になるものか? と言う疑問点がある。

 遺留品が違う、又身体的特徴も違うご遺体を、このような状況で、美保さんの遺体だと納得しろと言われても、無理なことだという事をご理解頂けたでしょうか。人一人の生死に関わるようなことをこのような雑なやり方で片付けてしまったら、このご遺体に対しても大変失礼なことですし、生きている者がしっかりと検証し事実を突き止めるべきだと思います。その結果、納得できる物が示されれば、勿論すぐにでも、ご供養したい気持ちです。
 是非、こういう立場におかれている家族の気持ちを「もしも私だったら……」と身を置き換えて考えて下さい。このような苦しい状況に置かれても、毎日生活していかなければならないのです。皆さんと同じ普通の人間です。普通の家庭だったのです。
 私達は真実を知りたい……それだけなのです。
          
 美保さんの家族を支援する会
 平成16年4月30日
  http://homepage3.nifty.com/KOFUHIGASHI-3/
 同級生の会
  http://homepage3.nifty.com/kofuhigashi3/