| 簡易年表 | |||
| 年代 | 拉致関係 | 日本の動き | 北朝鮮と世界の動き |
| 1962(昭和37年) | 加瀬テル子(17歳)さん、自宅からパーマに出かけてそのまま行方不明。所持金はパーマ代のみ。 | ||
| 1963.(昭和38年) | 5.11能登半島沖で寺越昭二さん(36歳)・外雄さん(24歳)・武志さん(13歳)拉致される | 中ソ対立が公開論争にエスカレート 11.23.ケネディ大統領暗殺 |
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| 1976(昭和51)2月7日 | 藤田進(19歳)さん、失踪当日6:30〜7:00頃以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。 | ||
| 1977.(昭和52年) | 9.19石川県羽咋郡能都町の海岸で、久米裕さん(52歳)が拉致され、石川県警は犯人の一人在日Aを逮捕したが、処分保留のまま釈放 11.15新潟県水道町の横田めぐみさん(13歳)拉致される |
9.28日本赤軍「ダッカ事件」服役中の赤軍派6人を福田首相超法規的措置で釈放 | |
| 1978(昭和53年) | 6.29新潟県か宮崎県で、田口八重子さん(22歳)拉致される 7.7 福井県小浜市の海岸で地村保志さん(23歳)・浜本富貴恵さん(23歳)拉致される 7.31新潟県柏崎の海岸で蓮池薫さん(20歳)・奥戸祐木子さん(22歳)拉致される 8.12鹿児島県日置郡吹上町で市川修一さん(21歳)・増元るみ子さん(24歳)拉致される 8.12曽我ミヨシさん(46歳)・ひとみさん(19歳)母子、佐渡島で拉致される 8.15富山県高岡市で4組目のアベック拉致未遂事件発生 |
12.7大平内閣成立 | |
| 1980(昭和55年) | 1.7 産経新聞が「アベック蒸発事件」を報道 6.7 松木薫さん(22歳)マドリードにて消息絶つ 6.7 石岡亨さん(26歳)ウィーンにて消息絶つ 6.17宮崎市青島海岸から原敕晁さん(43歳)、辛光洙(シングァンス)らに拉致される |
6.12.大平首相急死(70才) 7.17鈴木善幸内閣成立 |
イラク・イラン戦争勃発 |
| 1981(昭和56年) | 7月初旬 李恩恵(田口八重子さん)、金賢姫と会う | ||
| 1983(昭和58年) | コペンハーゲンにて、有本恵子さん(23歳)拉致される。(八尾恵証言より) | 11.15第18富士山丸船長ら5人スパイ容疑で北朝鮮に抑留される | 10.9ラングーン爆弾テロ事件、ビルマ訪問中の韓国の閣僚等19人死亡 |
| 1985(昭和60年) | 2.24韓国安全企画部、原さん名義の旅券を所持していた北朝鮮スパイ辛光洙を逮捕、原さん拉致が判明 | ||
| 1987(昭和62年) | 11.6竹下内閣成立 | 11.29大韓航空機爆破事件。ミャンマー上空で115人全員死亡 | |
| 1988(昭和63年) | 1.15金賢姫が李恩恵(田口八重子さん)は日本から拉致されたと告白 3.26梶山静六国家公安委員長が、参院予算委員会で、拉致事件に、北朝鮮が関与していることを初めて認める。 9.6 石岡亨さんから、有本恵子さん、松木薫さんと一緒に、平壌にいるという手紙がポーランド経由で札幌の自宅に届く。 9 有本さんのご両親が土井たか子氏に協力を要請するが相手にされず |
6 リクルート事件発覚 | 9.17ソウルオリンピック開幕 イラク・イラン戦争終結 |
| 1989(平成元年) | 3.30竹下首相、衆議院予算委員会で、北朝鮮への反省と遺憾の意を認める発言。 | 1.7昭和天皇崩御 .6.2宇野内閣発足 .8.10海部内閣発足。 |
11.9ベルリンの壁崩壊 12.22ルーマニア・チャウセスク政権崩壊 12.25チャウセスク大統領夫妻銃殺 |
| 1990(平成2年) | 9.24〜28金丸信・田辺誠ら自民・社会訪朝団、金日成と会談 | 10,11小沢一郎・土井たか子訪朝団とともに、第18富士山丸紅粉船長ら二人帰国 | 8.2.イラク軍、クウェートを制圧 |
| 1991(平成3年) | 1.30〜31第1回日朝国交正常化交渉 5.15埼玉県警が匿名を条件に李恩恵は田口八重子さんと発表 5.20〜22第3回日朝国交正常化交渉で、日本が李恩恵問題を提起、北朝鮮は「共和国に対する侮辱行為であり、会談の破壊行為」と反発 |
11.5.宮沢内閣成立 | 1.17湾岸戦争勃発 12.24金正日、北朝鮮最高軍事司令官に就任 12.26ソ連崩壊 |
| 1992(平成4年) | 11.7第8回日朝国交正常化交渉で、日本側の李恩恵調査要求に北朝鮮が反発して、交渉中断 11.8 朝日新聞社説「拉致問題で日朝交渉を停滞させるな」 |
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| 1993(平成5年) | 9 元北朝鮮工作員・安明進氏韓国に亡命 | 8.9細川政権発足 | 3下旬 中距離弾道ミサイル「ノドン1号」を日本海に向けて発射 |
| 1994(平成6年) | 6.30村山政権発足 | 7.8金日成死去 10.21 ジュネーブ合意(核開発を北朝鮮は中止し、代わりに重油と軽水炉を提供) |
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| 1995(平成7年) | 3.26〜30渡辺美智雄を団長とする自社さ与党訪朝団 6.30 30万トンの米支援決定 10.3 20万トンの追加支援決定 |
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| 1997(平成9年) |
1.21横田滋さんに日銀旧友会より電話。参議院委員橋本敦氏(共産党)の秘書兵本達吉より横田めぐみさんが北朝鮮で生存という情報が入り、兵本さんと面談。
1.23衆議院議員西村真吾代議士、政府に横田めぐみさんの事件について「北朝鮮工作組織による日本人誘拐拉致に関する質問主意書」を提出。 2.3産経と読売が横田めぐみさん事件を初めて実名で報道衆議院議員予算委員会で西村代議士の質問に対し、当時の橋本龍太郎首相は「調査中である」と答弁。 2.7西村代議士の質問主意書への答弁。横田めぐみさん事件については『捜査中』 2.23北朝鮮拉致疑惑日本人救援議員連盟結成 中山正暉会長 3.25石高健次さん・兵本達吉さんの働きで「北朝鮮による拉致被害者」家族連絡会結成 5.1警察庁が拉致疑惑を7件10人と認定 参院決算委員会で自民党吉川芳男議員が事件についての質問に対し、政府は「北朝鮮による拉致事件と認識している」ことを初めて認める。 夏 北朝鮮が一般行方不明者として、調査すると回答 |
11.8 里帰り日本人妻第一団が一時帰国 | 11 米国務省、ノドン1号完成、実験配備済みと発表 太陽政策を掲げた金大中が韓国大統領に選ばれる |
| 1998(平成10年) | 6.5 北朝鮮赤十字、7件10人の行方不明者はわが国領土内には存在せずと発表。 | 5.11破綻した朝銀大阪の受け皿の朝銀近畿に公的資金三千億円を注入(朝銀近畿・平成12年12月破綻) 9.1政府、テポドン発射の制裁措置として、食料支援見合わせ、チャーター便の凍結を発表 |
8.31長距離弾道ミサイル「テポドン」発射、三陸沖公海に着弾 |
| 1999(平成11年) | 5.2日比谷公会堂にて、拉致家族の集会開催 12.1〜3超党派訪朝団(村山・野中等)に対して、「行方不明者として調査する」と回答、国交正常正常化交渉再開で合意 12 外務省槇田邦彦アジア局長「たった10人くらいのことで日朝交渉が滞っていいのか」と暴言を吐く。 |
3.23能登半島沖で不審船発見。自衛隊が初の海上警備行動 | |
| 2000(平成12年) | 3.3 10万トンの米支援決定 4.4〜7第9回日朝国交正常化交渉再開(8月、10月にも開かれる) 7.3 日朝国交促進国民協議会結成(会長は村山富市) 10.6 50万トンの米支援決定 |
6.15 金大中韓国大統領と金正日の南北首脳会談で「南北共同宣言」発表 | |
| 2001(平成13年) | 12.17朝鮮赤十字「行方不明者」の調査を中止すると発表 | 1.27 シンガポールで日朝会談開催 4 小泉内閣成立 5.1金正男と見られる男不法入国、何もせずに送還 12.22 奄美大島沖で不審船発見。銃撃戦の後、自沈 |
9.11ニューヨーク貿易センタービル、テロにより破壊 アフガン戦争勃発 |
| 2002(平成14年) | 3.11よど号犯妻八尾恵が有本恵子さん拉致を証言。警察庁、有本さんを拉致被害者と認定8件11人となる。 3.22朝鮮赤十字、行方不明者の調査再開をすると表明 9.17日朝首脳会談、金正日が拉致を認め謝罪。平壌声明発表。 10.15拉致被害者5人帰国 10.24 帰国した5人の永住決定 11.12松木薫さんの遺骨は他人のものと判明 12.4 北朝鮮拉致被害者等支援法成立 |
9.18 引き揚げた不審船を扇国土交通大臣が北朝鮮籍と断定 | |