漆

かつての篆刻作品の陳列方法は実に素朴だった。「方寸の世界」という言い方があるように、一寸四方、つまり一辺が約3センチの篆刻を「印箋」と呼ばれる紙に押し、その紙と印材を並べて、ガラスケースの中に入れて展示していた。
だが、戦後、展覧会が巨大化するのにあわせて、篆刻の印材が大きくなったころから、印材は陳列せず、印を押した紙を額に入れ、壁に掛けて展示するようになった。
制作の段階では、印材そのものも、彫った文字も立体だ。それが、陳列されたときに、平面だけの作品になってしまうのは、制作者としては何やら不自然で、不満足感が漂うのである。
このもやもやした気分を、どうにか解消できないか。そんな、新しい作風を模索していた18年ほど前、漆に出合った。
石川県輪島市にある漆芸工房を訪ねて、突然ひらめいたのだ。漆と印泥(中国製の印肉)は、その粘着性がよく似ている。篆刻の印材に漆を付着させて押印し、蒔絵のように加飾することができれば、篆刻作品を立体化することができるかもじれない。私は興奮した。
それからというもの、篆刻と漆器の融合という創作に没頭することになった。作った作品は、大きい物では座卓、屏風をはじめ、鉢や重箱、盆、椀など。小物は杯やコースター、箸に至るまで、あらゆる漆器に篆刻を押しに、押した。
え?椀や鉢の湾曲した面に、どうやって篆刻を押すのかって?そこのところは、企業秘密にしておく。
また、漆芸に挑んだことで、色彩が乏しいという篆刻の課題も同時に解決。彩り豊かな作品を作るのは、実に楽しかった。
漆との出合いは、「物作りは楽しくあるべきだ」という当たり前のことがいかに大事かを、再確認させてくれた。
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