作品一覧:「赤子」「獅子の子」「ガラス窓」「彼女(1)」「涙」「便利なもの」「大根」「晴れた空の下で」「月に映る心」「隠された心」
1995年1月〜2月
赤子
赤子の 小さい手の爪を見つめ
その心臓の小ささを思い 不思議な気持ちにとらわれる
今 赤子は生きている
無力で 助けがないと何もできないこの存在の
息づかいと 寝返りが 経験をためた大人の心に何かしら訴える
それは 人間と神の歴史の産物
その結晶と 未来がその生命に宿る
自分の生命を親に託し
今 赤子は生きている
『赤子』
獅子の子
獅子の子達が谷に落とされた
確固たる大地を失い
獅子の子は夢中で空気をかいた
父の怒りに満ちた目と
母の悲しみにくれた目を最後に
子達は谷の底へと落ちて行った
気が付いた時には 誰も居なかった
彼は飢えをしのぐために狩を覚えた
彼はまだ無邪気な子供で
狩の合間には空腹を感じるまで走り回った
ありとあらゆる丘に上り
親の姿を探した
偶然に 彼は兄弟の屍を見つけた
飢えてやせ衰えた体は
蝿をまとい虚空を見ていた
彼は懐かしい匂いにひかれ じゃれようとした
兄弟は動かなかった
肉食動物が 兄弟の肉をついばむのに耐えられず
彼は怒りに満ちた瞳で 兄弟の肉を食らった
それから彼は 無駄な動きをしなくなった
全ては生き延びるため
周りの世界全てが敵 あるいは自分を恐れる者であった
神経は研ぎ澄まされ
彼の動物的本性は剥き出しになった
彼が飢えを感じて狩に出たとき
不思議な動物を見た
野生の張りつめた神経に触れたものは 非常に不可解なものだった
敵でもなく 自分を恐れる者でもなかった
その動物から放たれる波動は 彼に慰謝を与えたようだった
彼は対処に困り ただ不思議な動物を見ているだけだった
張りつめた神経が休まり ただじっと見ていた
その動物は彼をじっと見た後 崖から飛び降りた
彼は崖の上からのぞき込み 生き絶えた死骸を見た
死骸は肉の塊で 平安を与える波動はもう感じとれなかった
彼の内部でなだめられていた 野生の本能が再び活性化し
崖から降りると 飢えをしのぐために食べ始めた
『獅子の子』
ガラス窓
ガラスの窓をたたいた
壊さないように 気をつけて叩いたつもりなのに
つい 力が入ってしまい
ガラスの窓を割ってしまった
破片が 散らばり 窓が砕けた
ぼくは ただ 呆然と壊れた窓を見つめていた
『ガラス窓』
彼女(1)
いつだったか お前は言ったね
「うちのお父さん もうすぐ癌で死ぬんよ
だから 死ぬまでの間 食事時にお父さんがいっつも笑っていられるように
いろんな話をするんよ。お父さんに笑っていてほしいんよ」
僕はこのときの言葉を軽く聞き流してしまった
ありふれた どこにでもある言葉だと
君の言葉と心がいつでもイクオールだって事
知ってるつもりだったのに
君のお父さんは もう死んでしまったね
仏壇の前で毎日話をしているそうだね
僕は君の事 うらやましく思ってしまう
「うちの彼が 結婚しようって 最近よく言うんよ
やっぱり悩むよ 結婚っていわれても
彼の家きびしい家なんよ それに彼長男なんよ うち自信ない」
君の彼が ジンを一日で半分空けると知ったとき
君は 止めて と言わずに 一週間に一日くらいは
お酒を飲まないで と頼んだそうだね
君がどれだけ彼を必要としているか
何となく感じた
もう会うまいと決心しても
君の言葉が聞きたくて 会っていた頃
僕は 君から貴い慰謝を受けていたんだ
かたくなになった心が 君の言葉で慰められた
それは 君の心と言葉がイクオールだからだと思う
だから 僕はもう君とは会わない事にしたんだ
もう君は僕の心の中で風化している
顔も思い出せない
でも 君の雰囲気が 心の中に残っている
それは 僕の心の肥やしとなり 僕が意識しようとしまいと
僕の心の中に生きている
『彼女(1)』
涙
人の心の痛みを 忘れたらいけんよ
人の心の苦しみを 忘れたらいけんよ
他の人が どう生きていようと
お前だけは 忘れたらいけんよ
仕事が うまく行かなくても ふさぎこんじゃいけんよ
悲しみに捕らわれたら うたをうたうんよ
いつまでも 悲しみに沈んでちゃ いけんよ
太陽は 悲しい顔をせんじゃろ
どうにもならん時は 月を見て泣くんよ
優しい月の光の中で 泣くんよ
あんたは 一人じゃないんじゃけんね
あんたがどう思おうと 一人じゃないけんね
『涙』
便利なもの
何にも見えない
暗すぎて 何にも見えない
つまづいて転んで 怪我をしても
気付いていない
明かりが欲しくて 空を仰いでも
曇の夜で 月も 星も見えない
鈍い痛みに やっと気付き 傷をなめる
錆びた鉄の味が 口の中にひろがる
雨が降り始めた 冬の雨は 冷たい
この寒さを 和らげてくれるのなら 何でもしよう と思う
不気味に走る 体のけいれんが 危機を知らせる
でも 自分は どこの家にも入ろうとしないのを知っている
木陰に入り 冷たい風に吹かれながら 眠れない夜を過ごす
眠くなってきた もうこれでおしまいか
そう思っていると 必ず 暖かい日射しの中で目覚める
夜の寒さが嘘のように 暖かい至福の瞬間
その瞬間に ついつい騙され また 寒い夜を迎える
この繰り返しの中で 私は一体何をしているのだ
「しょってるねぇ」
と誰かが言った
自分の顔が引きつるのがわかった
でも その人の目は優しかった
私は 戸惑った
「革ジャンってもの 知らないの」
そう言って その人は 私に 革ジャンをくれた
革ジャンは 寒さを和らげてくれた
でも 手入れをしないと ボロボロになった
私は 革ジャンを捨てた
寒さに 歯をガチガチ いわせながら
私は 革ジャンを捨てた
『便利なもの』
大根
大根は 土の下で太陽に当たることなく
その白い肌を守ってきた
大根は一度くらい愚痴ったかもしれない
「なんで 太陽から隔離されて 土の中なんだ」
でもね 君は 土の中で育ったことに 誇りを持って欲しいんだ
ごめんよ 大根さん 勝手に君の気持ちを解釈しちまって
わかった
今日は 君を八百屋さんで買って帰り
君を食べることにする
君は 煮られるのがいいかね それとも スリオロシがいいかね
そうだった 君は口がきけないんだったね
わかった
じゃあ 私の好みに従って煮させてもらうよ
あっさりしたの食べたいから
味付けは 味噌じゃなくて 醤油にさせてもらうよ
そう 君は 今から ふろふき大根になるんだ
これで 君の天寿を 全うできるかね
ごめん そうだった 君は 口がきけないんだったね
じゃぁ はっぱも炒めてちゃんと食べるからね
なぜなら 僕たちの世界では
大根は 食べるものになったいるんだよ
いただきます
『大根』
晴れた空の下で
白い天井を見ていると いたたまれなくなり
冬晴れの空の下に 出て行った
透き通った空は とても美しく
私は 涙を流しそうになった
今日は このまま 眠りにつくことにする
このまま 道ばたで 眠りにつくことにする
『晴れた空の下で』
月に映る心
昔見た たった一日の月は
うるんでいて 美しかった
私の葛藤を 全て 見通しているようで
その月は 優しく私に光を降り注いだ
あのような月は もう見ることはできなかった
それは 私の心がすさんでいるからなのだろうか
月を通して 優しい光を人の下へ届けたいと
私は願っているのに
『月に映る心』
隠された心
何度も何度も書き直し 結局出せなかった手紙を
もう一度 封を切って 読み直している
この手紙を出せていたとしたら 全てが変わっていたかも知れない
私はそう考えて 手紙を手に持ったまま 夕暮れの迫る部屋で
じっと たたずんでいる
その繰り返しで 流れていった月日に
私は やるせなさを感じて 手紙を放り出し
大の字になり 白い天井を眺める
この天井を 打ち破り
まだ昼間なのに 星と瞬きと 月の光を見たいと願う
かなわぬ願いを かなえたかった私の心は
この地球を飛び出し 冷たく優しい宇宙空間へと 飛び出そうとする
「やめろ」という私の心の叫びに 再び 夕暮れ時の部屋へと
心は 帰ってくる
しびれた 手と足で 何ができようか
手紙を出さない私は 私の本当の願いを知っている
ただ 私は その願いから 逃げようとしていただけなのだ
『隠された心』