人気コラム石田よしひろひとりごとっすよ。のつぶやき。      TOPページへ戻ります。 
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2004
1/21 3/8
3/13 焼津銘菓  『祈 り 船』
5/15 私の国民年金状況
no13 6/15 明日の神話
no14 6/28 6月議会終わる
no15 7/12 挑戦しています
no16 8/2 全国革新議員会議
no17 8/1 お世話になりました
no18 8/9 第五福竜丸関連資料
no19 12/15 オオトリ急遽変更に
no20 12/20 十一月議会報告【経過と要旨】
no21 12/26 佐藤先生ありがとう

2006
no22 7/22 私の主張 自治体にメリットのある合併

2007
no23 8/2 この経験をご活用下さい。
no24 8/2 息子徹也の遺作展ご案内


最新 8/ 2 2007


息子・石田徹也の遺作展のご案内     

悲しみのキャンバス展  7/24〜8/19  
於 静岡県立美術館(月曜休館日)

 息子・徹也の遺作展が始まりました。
昨秋の駿府博物館、今春の焼津文化センターに継ぐ開催で、
出品数も140点余とこれまでの3倍以上。
徹也の遺した全ての作品を展示する、故郷では
最後の遺作展となると思われ、供養のためにもと、取り組んでおります。
 24日のオープニング最初の観覧者は、
夜行列車を乗り継いで函館から駆けつけてくれた娘サン。
お昼過ぎまで、3時間余、涙をぬぐいながら絵と対話をしておりました。
帰り際、「お陰様で癒されました」
と挨拶してくれた彼女の微笑みに、思わず「頑張って」
と声を掛けてしまいました。
絵を見て涙する・・・・・・・・やはり現代は病んでいる・・・・・・・と痛感
オープニングのお客様の中には、全国の美術館の
学芸員の方も多数お見えになり、来春までに、
ニューヨーク・ソウル・成田・有楽町の4ヶ所で
、徹也の出品する美術展開催も内定。まだ当分は、
奈良大学での学生生活を満喫する暇はなさそうな、オープニング初日でした。
静岡へお出かけの際、草薙の県立美術館で御覧いただければ幸いです




最新 8/ 2 2007


この経験をご活用ください      
 このコーナーも、随分ご無沙汰いたしました。
一昨年夏、体調を崩し、半年の療養生活を余儀なくされ、
以来、民商活動も議員活動も、十分に参加出来ませんでした。
加えて、息子徹也の突然の旅立ち
というアクシデントの精神的ダメージもあって、
今春の市議選には、後援会の皆さんの要請にも応えることができず、
引退させていただきました。
 術後やがて2年、多くの皆さんからの励ましに、
最近ようやく民商へも、平常勤務ができるような、
体力・気力も回復できることができました。
これも仲間の皆さんのご支援の賜物と深く感謝しております。
ありがとうございました。
今後は、残り少ない期間とは思いますが、
これまで民商事務局員として35年、議員活動として12年の経験を活かし、
皆さんの営業と生活を支援する活動に全力投球することが、
皆さんへの恩返しと、新たな決意を燃やしておりますので、
気軽に、ドンドン声を掛けてください。    
 お待ちしております。
石田嘉弘のつぶやき≠熏ト開しますので、よろしく






残暑お見舞い申し上げます。
突然ですが、私達の家族・徹也の絵画が、NHKの
"新日曜美術館"で放映される事になりました。
御覧いただきたく、まずは取り急ぎ、お知らせまで。
放映日 NHK教育テレビ
9月17日(日) 9:00、  再放送20:00
焼津市東小川2−2−27
石田嘉弘・サチ子・道明・真佐人・民樹 
TEL・FAX 054−627−0404





私の主張
自治体にメリットのある合併を

平成16年、二市二町の合併協議が破綻して、やがて二年、
今秋、改めて志太の合併問題が、再燃してきました。
平成の大合併が、全国を巻き込んだのは、
八百兆とも、1千兆円とも言われる国・自治体の身動きの
取れない莫大な借金です。
この危機を合併により地方交付税等を大幅に削減する
為の窮余の一策、地方財政危機の打開策である事は、
御承知の通りです。
 "特集"二市二町財政状況の通り、
どの自治体も債務が増大しており、このまま放置すれば、
いずれ夕張市の再現ともなりかねません。
それだけに、合併はいずれ"不可欠"となる事は、明らかです。
が、その選択には、地域住民の生活確保を最優先した、
慎重さが強く求められます。
そこで、二市二町の合併による自治体間の損得を
試算した結果、
住民一人当り焼津市90.000円、
岡部町207.000円、
大井川町312.000円も債務が増大する反面、
藤枝市民は一人当り159.000円軽減される事に
なります。
これは、焼津市にとっては、藤枝市の債務
113億円余を肩代わりする事になり、
焼津市の年間地方税収の71%を占める、莫大な負担、
表現を変えれば、焼津市の純益を合併により他の市町に
113億円も提供する事を意味するのではないでしょうか。
更に、財政指標の分析では、経常収支比率で岡部町が、
公債費負担比率では、藤枝市・岡部町が、既に危険ラインに
突入しており、財政力指数1.12と、地方交付税不交付の
富裕団体の大井川町が、先の合併協議から逸早く離脱したことは、
住民に責任を持つ首長としては、当然の選択でありました。
民間企業において、113億円もの負債を受入れる
企業合併には、それ相当のメリットがなければ、
到底考えらない事態です。
一方、焼津・大井川の一市一町の合併では住民一人当、
焼津市民は36.000円軽減される半面、
大井川町民は、186.000円の負担増となります。
が、大井川町が、将来的にも単独で行く場合、現在、焼津市と
共有している病院・防災センター等の新設を考えれば、
その設備資金として186.000円(町全体で43.7億円)は、
町民にも十分納得してもらえる負担、まさに、双方の自治体に
メリットのある合併と言えるのではではないでしょうか。
以上の分析結果から、私は、今後の合併論議には、
次の提言の立場から全力で、奮闘いたします。

石田嘉弘の提言
一、自治体間の債務格差を受忍する以上、
 113億円を上回る合併の意義・効果
 はどこにあるのか。合併の意義・効果は、
 抽象的論議でなく、住民にとってのメ
 リット、デメリットを計数的に明かにする事。

二、それでも二市二町の合併が必要ならば、
 自治体間の基盤整備格差を解消する
 ため、従来の各自治体の整備計画を、
 どのように変更してゆくのか。最低、
 合併後10年間の基盤整備計画を公
 表した上で、合併論議を行なう事。
三、以上を明らかにした上で、住民の総意
 を汲み上げるため、住民投票で合併の
 是非、合併の対象を市民に諮る事。






 12/ 26 2004
佐藤 久弁護士 ありがとう 
そして、ゆっくり、お休み下さい。

突然の訃報は、今日、佐藤・清水法律事務所の長島さんからだった。
三和葬祭の長谷川社長と、沼津に入院している先生の
お見舞いに向かっている東名の車中での電話。
実は、二週間前、先生からお電話をいただいた。
『すい臓がんにやられた。しかし、サリドマイド剤の治療で、
かなり回復してきた。民商の法律相談を休んで申し訳ない。
この分では、春には復帰できそうだ』との事。
元気そうな声だったので、議会終了後の雑務に追われ、
ツイツイ今日まで、お見舞いが伸びてしまったことが悔やまれる。
駆けつけた沼津の病院の霊安室で、先生とのお別れ、
静岡のご自宅までお送りできた事が、せめてもの救い。
思えば、先生とは、私が焼津民商に転勤した昭和49年、
一人事務局員の当時からずっと、
法律相談を担当していただいているから、30年以上のお付き合い。
当時、わずか68名の民商会員が、今、焼津から独立して行った
藤枝・島田民商を含め、1200名を遥かに越える組織に
成長できたのも先生のおかげ。
先生こそ、焼津民商を外から支えてくれた貴重な恩人の一人。
『島田事件』や『スモン薬害訴訟』の弁護団の中核として
先生の活躍は、あまりにも有名、そして県弁護士会の会長を歴任するも、
民商の法律相談で、弁護士報酬も十分払えない人々にも、いつも笑顔で、
やさしく、弱者の味方として活躍していただいた。
おかげ様で、焼津民商の無料法律相談はいつのも盛況、
この30年間で、経営の危機、人生の危機を救われた
会員・市民は優に一千人を上回る。
個人的にも、私の選挙には、いつも一生懸命御支援していただいた。
そして年一回、必ずゴルフにも誘っていただき、党を除名され、
議員活動・事務局活動に疲れた私を励ましていただいた。
私にとっては、数少ない、貴重な人生の先生・先輩でもあった。
その先生が六十七歳での旅立ちは、あまりにも早い。
先生を必要とする人はマダマダ沢山いるというのに。
デモ、、、、もう愚痴はやめよう。
忙がしすぎた先生だから、やっと休める時が来た、と思う事にしよう。
先生、長いことお世話になりました。ありがとうございました。
お疲れ様、ゆっくりとおやすみください。

2004.12.26 夜

石 田 嘉 弘

佐 藤  久  先生








 12/ 20 2004

焼津市、二市一町合併協から脱退
十一月議会報告 (経過)

十一月議会は、11月30日から21日間開催され、
12月20日終了しました。
今議会最大のテーマは、市長選直前、合併協から離脱
を表明した戸本市長の方針転換の是非をめぐって、
25議員中(議長を除く)17議員が登壇、うち14名
が賛否両論から、合併問題で白熱した意見を
戦わせました。
私も、別掲のように、『二市一町合併のデメリット』を
中心に一般質問を行いました、
◆合併協脱退議案審議経過◆
12月10日、本会議第四日目、一般質問終了後、合併
協脱退議案の採決が行われました。
採決は、記名投票の結果、
  合併協脱退賛成  13票 (含む石田嘉弘)
         反対  11票
   無効投票      1票  
この結果、焼津市の志太合併協議会からの脱退が正式
に議決されました。その後、合併推進派から『戸本市
長辞職勧告決議案』の動議が提出されとものの、既に
十九時を超えていた事もあり採決は後日となりました。
◆辞職勧告決議案も1票差で否決◆
市長に対する辞職勧告決議案は、最終日の20日に記
名投票の結果、13対12で否決されました。
私は、二市一町の合併反対の立場から、合併協離脱を
決断した市長への辞職勧告決議案には反対しました。
◆100余の市民 傍聴◆
12月10日は朝から200名近い市民が傍聴、採決
時には立ち見の市民も相当数見られ、合併問題に対す
る市民の関心の高さが示されておりました。 
尚、脱退決議案の採決をめぐって、無記名・記名投票
の動議の応酬もありましたが、採決の結果、記名投票
に決しました。このため、議事録には、賛否それぞれ
の議員名が、明記されることになり、今後の議員の政
治責任が、明白となります。これだけ重要な問題に無
記名投票を求める動議には、到底納得できませんでし
た。



十一月議会報告
石田嘉弘の一般質問 (要旨)
二市一町合併のデメリットについて

総務省が進めている『平成の大合併』は、国の財政破
綻からの救済策として、自治体に支給する交付税を節
減するため、全国3200の自治体を1000以下に削減さ
せるための合併推進論そのもの。
『合併しない自治体には地方交付税を大幅カット、合
併する自治体には合併特例債という有利な借金を認め
る』飴と鞭の、小泉内閣の三位一体改革の本音。
※参考、全国で自治体数は3218、うち人口2万人
以下の自治体が2239(69.5%)、
全国最小の村  愛知県富山村  人口219名

以下が答弁の概要です。
    ●Q  石田嘉弘の質問要旨
    ◆A  戸本市長・当局の答弁要旨

●Q 合併はスケール・メリットとして、極めて有効とす
る意見が多いが、明治学院大学の林先生、県立大の坂
本先生、静岡県のHPでも自治体の効率規模は、
10万〜20万人としている。
それにより試算すれば、藤枝・
岡部と合併し26万都市になった場合と比べ、大井川町
と合併し、15万都市となった場合、行政コストは、
6.3%、年間23億5000万円の節減効果があると試算さ
れるが、地方自治体の最小効率規模(行政コスト)を
どの程度と考えているか。
◆A 六月議会で石田議員からもご指摘の通り、行政コス
トの適正規模は、15〜20万人と承知しているが、スケ
ール・メリットは、行政コスト以外にも考えられるの
ではないか。

●Q 合併の相手先の岡部町が、経常収支比率で、公債費
負担比率で、藤枝市・岡部町が共に、総務省の定め
る警戒水準を越えている。また、一般会計の実質単
年度収支が、藤枝市だけが、三期連続赤字決算とな
っているが、合併の相手先として、どのように評価
しているか。
◆A 総務省が定める警戒水準は、経常収支比率で80%
公債費負担比率で15%以上となっており、これを
超えた場合、ご指摘の通り、投資的支出が圧迫され
財政運営が厳しくなると指摘されている。
また、実質単年度収支も三期連続赤字決算というこ
とは、資金繰りも含め、財政運営も相当厳しいと
推測される。

●Q 住民1人当の地方債残高は
 焼津市が62万5000千円 
 藤枝市が89万3000千円
 合併により焼津市が負担しなければならない
藤枝市の借金は、149億2381万円
焼津市民一人当たり124000円と試算される。
これらの借金で、焼津市が負担しなければならない利
息はどの程度と試算しているか。
◆A 藤枝市の一般会計・特別会計・企業会計・志広組
土地開発公社等の債務の合計は747億6543万円、
合併により焼津市が負担すべき負債額は、
御指摘の通り149億2381万円となるが、支払利息に
ついては資料がないので、わからない。

●Q 合併した場合、地方交付税が今後十年間補償され、
合併しなかった場合、地方交付税が十年間削減される
と聞くが、どの程度減額されると見込まれるか。
◆A 合併しなかった場合、焼津市の平成18〜27年度
までの10年間の地方交付税額は、1年あたり、
26億8570万円と見込んでいる。
これは、合併した場合の90.41%で、
15年度の地方交付税額と比べ、3億3978万円
の減収を見込んでいる。
※この結果、今後10年間の試算で(元金だけで)
合併した場合、藤枝市の代位弁済額 139億円
合併しない場合、交付税の削減額   34億円
差  引             105億円
今後10年間、焼津市は合併することにより、合併し
ない場合より、毎年10億円以上、余分に負担しなけ
ればならない事が、明らかとなりました。 

●Q 今回、市長は『当分の間、単独の道』を選択したが、
政府の地方交付税の大幅削減と、生残り戦略をかけた
地域間競争の嵐が吹きまくる中、一人焼津市だけが、
蚊帳の外にいるわけには行かない。
大井川町は、財政力指数が100を越える地方交付税
不交付団体で、経常収支比率、公債費負担比率、ラ
スパイレス指数のいずれをとっても焼津市を上回て
おり、住民一人当たりの地方債残高41万4千円と
焼津市の62万5000円の66%と、財政指数では合併
の相手としては最適と思われる。
更に、大井川町との合併により、全国にも稀な
遠洋漁業・近海漁業・沿岸漁業の基地としての焼
津・小川・大井川の三つの漁港と、更に商業港で
ある大井川港が、一つの自治体に存在することに
なる。これこそ新焼津市の最大の特徴、セールス・
ポイントとなると思うが、市長は大井川町との合
併について、どのような見解をもたれているか。
◆A 現在は、合併協離脱を決断したばかりであり、
じっくり考えたい。今も『志太はひとつ』と思っ
ているが、当分の間は単独の道を行く。




 12/ 15 2004


◆オオトリが急きょ 変更に◆
昨年九月議会から
『無会派の石田嘉弘の発言順序は毎回最後』と
議会運営委員会が決定したことにHPで抗議
してきましたが、それが認められたのか、今議会から
私の一般質問は第一日目の八番目と決まり。ナゼ???
翌日、その訳がわかりました。
合併協脱退の採決直前、一般質問の最後、立錐の余地
のない傍聴者、テレビ・カメラも四?五台、その中で、
無会派の石田嘉弘が、最後の一般質問に登壇できるとは。
こんな晴れ舞台に無会派議員ごときに、
最終版のオオトリ? 
をやらせてもらえる訳がナイ  か。    
甘い!! 甘い!!!   






 8/ 9 2004

第五福竜丸関連資料
大切に保存させていただきます。

今年3月、HPに掲載した"焼津銘菓『祈り船』"の製造業・福田屋さんが、
7月一杯で廃業したと、ご挨拶にみえられた。聞けば、『ご主人の高齢化と、後継者問題』という。
商工業者の誰もが置かれている問題ではあるものの、その根底は政治の貧困そのもの!
帰りぎは、奥さんから、風呂敷包みを差し出された。
包みを解くと、額縁に入った、久保山すずさんの書『祈り船』。
私がHPに書いたこともあって、
『この書を大切に保存してくれるのは石田さんしかいないから』
と置いていかれた。焼津銘菓『祈り船』をこれから応援しようとした矢先、悔しいやら、驚くやら。
とにかく大切に保存することをお約束して、お預かりしました。

数日後、大井川町のMさんが、事務所に尋ねてきた。
私の後援会ニュースに載せた岡本太郎の『明日の神話』を読んで
『第五福竜丸事件を思い出した』と昭和29年3月20日付焼津魚市場・
鮮魚小売商組合・藤枝保健所連名の新聞折込公告"原爆まぐろについて"の現物を届けてくれた。
ビラの内容から、当時の緊張感が伝わってくる。


『俺が持っているより、石田さんが持っている方が、有効に活用してもらえる』と置いていった。

早速、開催中の第五福竜丸事件特別展の会場に持ち込む。
担当の学芸員の話では、『初めて見る資料だが、保存状態も良く、本物に間違いない。』との事。
残された特別展の最後の数日、この貴重な資料も展示していただきました。

今回お預かりした貴重な資料は、将来、第五福竜丸記念館が新設された際には、
寄贈したいと考えておりますので、それまでの間、大切に保存させていただきます。
     福田屋サン
     M   サン
                               ありがとうございました。




最新 8/1  2004

30年間、お世話になりました。
そして、これからも よろしく

7月30日、第44回焼津民主商工会定期総会が開催されました。
この総会で、私は、顧問に退き、事務局長に伊藤剛正君が選出されました。
振り返れば、昭和49年4月、清水民商で23ヶ月間の
即席事務局員研修を受け、焼津民商に赴任して以来、30年が経ちました。
前任の事務局長から申し送りを受けた会員名簿は86名。
最初の仕事は、住所録を基に全会員訪問。
2割を越す退会者続出で最終的に会員現勢は68名、事務局員は勿論1名。
当然のことながら、最初の数年間、給料の欠配・遅配は当たり前でした。
ですから会員拡大は、焼津民商にとって最優先課題で、
休日も月に1日あれば良いほうでした。
その結果、全商連総会では、4年間で、会員4倍化達成の
全国表彰を受ける成果を得る反面、これに対する名古屋国税局の
税務調査に名を借りた"焼津民商つぶし"の大弾圧、
それに対抗するための組織整備と記帳レベルの向上の歴史でもありました。
組織整備では、当時、御前崎から家山まで、
志太榛原全域を管轄していた焼津民商から、
藤枝民商・島田民商を独立させるために、
それぞれの民商へ100名の会員と1名の事務局員をつけて、
分離・独立させる事が出来ました。
また、記帳レベルの向上では、昭和59年、(協)焼津中小企業経営センターを設立、
コンピューターの共同利用による新しい民商運動を、
全国に先駆けて展開することができました。
そして、今や、(協)焼津中小企業経営センターは、
農協、漁協に続く市内第三の協同組合に成長してきました。
さらに、商工業者の要求を市政に反映させるために、
平成7年から3期連続、私を市議会に送ってい頂いております。
こうした成果の背景には、桑原銀作サン・河野鈴サン・増田富士男サン・
安田弘サン・河原亀次郎サン、そして現職の藤井敏会長と、
6代の会長サンを先頭とする、民商活動を我が事のように、
取り組んでくれた、多くの役員の皆さんの献身的指導の賜物であり、
また、この30年間、足元から、絶えず支えてくれた事務局員の皆さんの
奮闘によるもので、心から感謝する次第です。
後任の伊藤剛正君は、実務経験も10年、若い事務局員からの信頼も高く、
ここ数年は、私が議員活動に専念できるよう、事務局長の仕事も代行しており、
何ら問題はないと思われます。
私は今回、顧問という形で、民商運動の第一線から離れることにはなったものの、
(協)焼津中小企業経営センターの専務理事としての勤めも残っており、
また、皆さんからいただいた"市議会議員"という大役も務めきらなければなりません。
ですから、今後とも、焼津民商の顧問として、経営センターの専務理事として、
常勤させていただくことになりますので、従来通りのお付き合いを、お願いし、
民商事務局長退任のご挨拶とさせていただきます。




8/2  2004

"全国革新議員会議IN柏崎"に参加して
全国革新議員会議は、全国の革新的・市民派の自治体議員で
構成されている勉強会。
参加者のほとんどが、私同様、1〜2名の少数・一人会派の議員。
でも、その威勢の良いこと!
この会議に参加すると、これから一年のエネルギーを補給させてもらえる感じ。
それが病み付きとなって、オブザーバーながら4年連続参加しています。
今年は7月28日から3日間、新潟県柏崎市で開催されました。
柏崎と言えば、日本一の原発基地の町、
また、北朝鮮拉致事件の蓮池さん一家が住む町。
新潟県は、最近、集中豪雨があったばかりで、開催が心配されましたが、
柏崎市は、幸いに大きな災害もなく、予定通り開催されました。

今年のテーマは、
日本の反動化が強まるイラク派兵・憲法改正問題で、講師は2名。
@今年4月、取材中イラク武装勢力に拘束され、
その後、解放されたフリー・ジャーナリストの安田純平さん
A防衛庁教育訓練局長を退官後、自衛隊の海外派兵と憲法改正反対・
市町村合併反対の先頭に立つ異色の政治家・新潟県加茂市長の小池清彦さん


安田純平さん
今、イラクでは、首都バクダット以外は、
世界のマスコミの完全な空白地域、『万一、自衛隊員から犠牲者が出ても、
米軍が発表しない限り、日本のマスコミは、事実すら把握できない』と語り、
日本の報道関係者は、バクダットに引きこもり、市外の情報は、
全て一方的な米軍情報一色で、実質的には、報道管制下におかれていること。
これに義憤を感じ、自分の目と耳で、
イラク住民の立場に立った報道をするため、昨年、信濃毎日新聞を退職、
フリ―ジャーナリストとして、再三、単身でイラクに入国。
今回、高遠さん、今井さんらと取材中に武装勢力に拘束された経過が、
リアルに語られました。
更に、アメリカの大手企業の戦後復興処理に名を借りた、
イラク人不在の石油独占を目指す経済支配体制の実態も明らかにされました。
 夜、偶然にも民宿で、安田純平さんと同室。
私の布団も敷いてくれて、私を部屋の奥、純平さんは、
騒がしい廊下側の入り口へ。精悍な表情に似合わず繊細な思いやり。
聞けば今年30歳、末の息子と同世代だが、ものすごい大人。
ご両親のことを聞いた時だけ、『困った』笑顔が返ってきた。
悪いことを聞いたと後悔。彼の正義感は、ご両親の愛情を持ってしても、
到底引き止めることは出来ない、これが青春だと痛感。
帰路、新幹線の中で、純平さんが、これまで書いた記事を読んだ
。想ったとおりの、暖かな、しかし、芯の強い、正義感あふれる記事でした。


加茂市長・小池清彦さん

防衛庁防衛審議官・防衛研究所所長・防衛庁教育訓練局長を歴任し、
退官後は請われて、故郷、加茂市の市長に。
自衛隊のイラク派兵と憲法第9条改正に反対し、
市町村合併反対の先頭に立つ、異色の政治家。
『イラク派兵・憲法改悪は、日本の国連常任理事国入りと、
北朝鮮の核攻撃対策として、アメリカの核の傘に入るため必要不可欠』と説く、
小泉内閣の政治姿勢は、憲法違反であり、国民を欺瞞している。
アメリカの広島・長崎への原爆投下こそ人類史上最大のテロと断罪!
自らが、防衛審議官として、国連や、日米協議等に参画し、
また、外交官としての外国経験の中で、「諸外国の多くが、
第9条を中心とした日本国憲法に対する高い信頼性と評価を得ており、憲法改正は、その信頼をドブに捨てる行為」であると批判。
そして、「専守防衛の自衛隊法は、憲法に合致している」
とする独特の見解を示し、「今使われている自衛隊のイラク派遣費用で、
航空機を補強すれば、日本単独でも対北朝鮮防衛対策は十分可能」だと、
とても自衛隊幹部経験者とは思えない言葉に、暑さを忘れる5時間でした。
これまで、加茂市長の市町村合併・反対論を、加茂市のHPで知り、
最も注目していた首長の一人でもあり、その市長に直接会えることが、
今回の研修会の目玉でもありました。
講演終了後の懇談会の際、焼津市の合併問題に対する一般質問で、
加茂市長の見解を参考にさせていただいたお礼を述べたところ、
小柄で、温和な、とても9年前まで、
自衛隊の最高幹部の一人であったとは思えない、
加茂市長から力強い握手で激励され大感激、忘れられない研修会となりました。

《加茂市長・安田純平さんの講演内容は、録音してきました。
関心のある方はご一報ください。》




 7/12  2004
挑戦しています!
福祉オンブズマン養成講座

介護保険が実施されて、はや4年、
朝夕、市内ですれ違う老人施設の送迎車の多い事。
窓越しに見る高齢者の笑顔がスゴク明るい。
介護保険が実施される前には、決してお目にかからなかった風景。
しかし、その影で、
残念ながら、施設利用者や職員の皆さんから、
私宛の苦情・相談は増加傾向にあります。
特に最近は.利用者から職員への苦情、
職員から施設管理者への苦情が増えています。

閉鎖的介護施設にあって、
介護を『する側』と『される側』の圧倒的な力関係の狭間で
苦情も要望も言えず、ただ、ただ、耐えるだけの高齢者、
せっかく出来た介護保険が、こんな様では、
高齢社会に突入したわが町の介護保険の将来はどうなる!

そんな思いから、6月から始まった、
福祉オンブズマン養成講座に参加しております。
8ヶ月間、12課目の講義と施設の実地研修、
各課目毎にレポート提出が必須の養成講座は、
還暦を過ぎた我が身には予想以上に厳しい内容です。
その上、養成講座に参加している同期生のほとんどが、
介護施設で働いている、第一線のケア・マネ、福祉士、ヘルパーばかり。
それに引き換え、私と言えば、6年前、やっとの思いで、頂いた3級ヘルパー。

でも、生涯学習のテーマとして気力と体力の続く限り、福祉オンブズマンに挑戦します。
そして、いつの日か、
焼津に、福祉オンブズマン組織を立ち上げ、
モノ言えぬ高齢者、障害者の、目となり、耳となり、口となって、
心安らかな日々を創り上げる、そんな日を目指して、挑戦しています。




 6/28  2004

6月議会 終る!

6月7日から始まった定例市議会は、25日に終了しました。
今議会の最大のテーマは
『二市二町合併協議会を組織する普通地方公共団体の数
の減少及び規約の変更』
とそれに伴う追加補正予算案。
まわりっくどい表現ですが、二市二町合併協議会から大井川町が離脱し、
これからは、二市一町で合併協議を行なう事と、
その予算を認めろとの提案。
二市二町が崩壊した以上、解散し二市一町は
新規に検討すべきと思いますが!!
採決の結果、賛成多数で可決〔反対、保留は共産党3氏と私だけ〕
6月議会では、11名の議員が発言通告。
合併問題は共産党の2氏と私だけ。
あとの8氏は合併問題には全く触れない。
私は2月議会に引続き合併問題を質問。

前議会では、藤枝・岡部町の自治体の財政状況を、
どのように分析するか、について
市長『他の自治体の財政状況について、
意見を述べることは差し控えさしていただく』
これでは、答弁拒否ではないか!

同じく前議会では、合併しようとする二市一町の地方債残高(借金)はいくらあるか、
市長『今、数値を整理してないので、今後、数値を整理して報告する』
あれから3ヶ月、未だ報告ナシ! 素人の私でさえ、一晩で出来た計算です!!!
例によって、オオトリで発言。
前回と同じ質問でもあったため、答弁は正確でした。

★焼津市が合併しようとしている藤枝・岡部の財政分析は
藤枝市は、公債費負担比率で、警戒水準にある事。
岡部町は、経常収支比率・公債費負担比率とも
警戒水準にある事が明かになりました。

★土地開発公社まで含めた二市一町の地方債残高(借金)は
焼津市  747億6500万円   住民1人当たり   62.5万円
藤枝市 1164億4800万円     〃       89.3万円
岡部町   61億4500万円     〃       46.8万円
合 計 1973億5800万円     〃       75.0万円
その結果、3月8日付『石田よしひろのつぶやき』で公表した通り、
合併すれば、藤枝市の借金を焼津市民が一人当り、12.4万円、
焼津市全体で149億円も負担する旨の答弁が、
山下企画財政部長によりありました。………………私の質問はパーフェクトでした。
財政状態が警戒水準にある市町と150億円もの
借金を肩代わりしてまで合併する必要性は?
市長答弁『志太はひとつ』、このフレーズは何???  
理解できますか?




 6/15 2004

岡本太郎の『明日の神話』の原画 来焼!!

今年被爆50周年を迎える第五福竜丸、焼津市では、
6月30日から1ヶ月間、特別展か開催されます。
それに、岡本太郎の原画が出展されることが決まりました。
以前「石田よしひろのつぶやき」にも書いたように、
今年2月14日、東京夢の島に行った時、
岡本太郎美術館長の岡本敏子さんとお目にかかり、
岡本太郎が、大変な平和主義者で、
第五福竜丸事件に大きな関心を持って、
『明日の神話』の中で、第五福竜丸を描いていることを知りました。
今年の6.30には、是非『明日の神話』を焼津へ、と
戸本市長へ、提言書を提出
そして夢の島に引率してくれたTさんと市長に直訴、
市長はじめ、関係職員の皆さんの御努力で、
焼津での展示が正式決定との連絡

被爆50年……………当時を知っている市民は
             もう2割位しかいないのでは?
50年前の歴史的事件を正確に知ってもらうためにも、
たくさんの市民、中でも
すべての若者と子供達に見てもらうよう、
働きかけようではありませんか。




5/15 2004

私の国民年金加入状況

五月前半のマスコミのテーマは、国民年金問題一色!
閣僚から、与野党党首・党三役も含め、未納兄弟のオンパレード。
友人から『お前さんは大丈夫?』と聞かれ、既に年金を受給しているものの、
不安になって、年金手帳を探し、チェックを始めてみました。
高校卒業から、今年で45年、その間、地方公務員から
現在の(協)焼津中小企業経営センターまで、5つの職場を転職してきました。
特に、10年余納付してきた地方公務員共済会は、
退職時、一括還付請求しており、
更に、昭和44年9月から6ヶ月間の失業時代、
未加入の期間が明らかになりました。
私も『とうとう、未納兄弟の仲間入りか』と覚悟を決めつつ、
年金問題の専門家に相談したところ、

◆共済掛金の還付請求をした分は、
年金受給額からは除外されるものの、
  年金加入期間は加算されている事。

◆昭和61年以前は、夫婦のどちらかが
厚生年金・公務員共済等に加入していれば、
その配偶者の国民年金は、任意加入期間との事。
(現行の第3号被保険者と同じ)

かくして、20歳から年金を受給している現在まで43年間、
6ヶ月の未加入【任意加入期間】はあるものの
未納期間はありませんでした。
しかし、年金制度が、こんなに複雑とは!、
年金問題は、どう見ても、未納、未加入の人の責任よりも、
こんな判りづらい制度を作った国の責任問題にあることは明らか。
あなたもこの機会に、自分の年金の加入状況を調べる必要があるのでは。
年金手帳を持参のうえ、島田社会保険事務所で問い合わせれば、
簡単に教えてくれます。


 3/31.2004

焼津銘菓  『祈 り 船』

2月14日のことです。友人のTサンに誘われて、東京・夢の島に行ってきました。
"夢の島"とは、言わずと知れた、
世界平和のシンボル・第五福竜丸の永久保存係留基地。
我が家で、夢の島に行っていないのは、私だけということもあり、
確定申告の真っ最中、二月市議会の目前でもあり、迷いに迷った挙句、
今年・被曝五〇周年を迎え、展示リニューアルした
第五福竜丸展示館を訪問しました。
昭和29年当時、確かまだ岸壁も整備されていなかった
第一船渠の現在の二号売場あたりに係留されていた第五福竜丸を、
おそるおそる覗いて以来、50年ぶりの再会でした。
記念式典は、関係者だけ40〜50名の、しかし、この50年間、
第五福竜丸を見守ってきた関係者ならではの、暖かな式典でした。
とりわけ、『死の灰』と命名した村尾元読売新聞取締役の今も残る心の痛み、
第五福竜丸を描いた岡本太郎の怒りの姿を語った娘さんで、
岡本太郎記念館々長・岡本敏子さんの挨拶は心に沁みるものでした。
式典も終わりティ・パーティとなり、お茶・コーヒーと、器に盛られたお菓子が出されました。
何気なく手にした、船の形をした小さな和菓子!
セロファンの包装紙には、落ち着いたオレンジ色で描かれた、鳩の絵とともに
『祈り船』御菓子司・福田屋、焼津市小川新町……………とある。
おいしい最中ですよ 聞けば、『祈り船』の柔らかな書は、
水爆実験の犠牲者となった久保山愛吉さんの未亡人・すずさんによるものとの事、
すずさんは、どんな思いを託して『祈り船』を書いたのだろうか。
しかも福田屋さんとは、焼津民主商工会の会員として、
かれこれ20年のおつきあいにもかかわらず、今日まで何んにも知らなかった、
わが身の無知を恥じるばかりの帰路でした。
当時、一部の地元住民からも、疫病神と嫌われた第五福竜丸を、
陰ながら支え続けた福田屋さんのような心の広い、
勇気ある市民がいたことが嬉しくて、思わず目頭が熱くなる思いでした。
焼津に銘菓アリ。今日から、私も『祈り船』を支援して行きます。
それが第五福竜丸事件を風化させない、ささやかな活動のひとつと信じて。









 3/8.2004
財政から見た危険な合併 焼津市議会2月定例会一般質問要旨

昨年末、大井川町の離脱で、
二市二町の合併は暗礁に乗り上げ、今日に至っている。
この問題をめぐって、焼津市議会でも
述べ12人が、一般質問を行った。
マスコミでは、大井川町の合併離脱の原因が、
財政問題にあると報道されているが、
その割りに数値まで明らかにした情報が少ないのが気懸り。
そこで、ポイントを4点に絞って検討してみた。
(数値は平成14年度決算にもとづく)

【検討その1】経常収支比率
   自治体のエンゲル係数同様、指数が高いと財政が硬直状態と見られ、
      75%以上は警戒水準。岡部町は89.7%。

【検討その2】公債費負担比率
   自治体の借金を示す指標で、15%超は警戒、20%超は危険水準。
      岡部町は21.3%、藤枝市は15.6%。

【検討その3】人件費比率とラスパイラス指数
   最大の合併効果は、職員の人件費削減効果。
      国家公務員の給与を100とすると焼津市は99.4、
   藤枝市は102.0、藤枝市の職員の方が2.6高い。
      合併で、藤枝市の職員に合わせると焼津市の職員の給与を
      年間1億円以上昇給させなければならない。
   こんな調子で、10年間で、人件費を75億円も削減は可能だろうか。

【検討その4】合併により、二市二町の公債費(借金)はどう変わる?
   各市町の公債費残高(一般・企業・特別会計の他、志広組・土地開発公社も含め)
   住民1人当、大井川町41万円、岡部町46万年、焼津市62万円、藤枝市89万円
   合併による志太住民1人当りの地方債平均残高は72万円。
      この結果、地方債は大井川町30万円、
   岡部町25万円、焼津市9万円増額となり、
      藤枝市は17万円減額と試算される。

今度の合併により、損をする町は? 得をする町は?

戸本焼津市長の答弁
『本市は健全財政である。他の自治体の財政についての意見は差し控える』

大井川が抜け、二市一町の合併が進めば、借金は更に増え、
焼津市民1人当12万円、十二万市民全体で、
150億円も借金が増えると試算されます。
戸本市長、合併は白紙に戻しましょう。





 1/21.2004
大井川町の離脱で、
合併協は白紙に戻すべきだ
 平成14年7月に設立したニ市ニ町の任意合併協議会は、平成15年9月、
法定合併協議会に発展?
17年3月の合併期限に向けて、
順調に進行すると見られていた矢先の12月17日、
大井川町議会は、合併協議会から脱退することを議決した。
これへの対応をめぐり、マスコミや、
議会関係者は年末・年始もない混乱ぶりであったらしい。
そして今日、1月21日、市長要請による議員全員協議会が開催され、
経過報告が行われた。
しかし、大井川町離脱から1ヶ月余、市長からは最後まで、
今後の方向性が語られることはなかった。
市長の報告後、質疑を受付けるとのことで、私を含め13名の議員が
質問に立った。会議は、はじめから1時間30分に限定され、
質問時間一人僅かに3分以内。
例により無会派議員の質問順序は最後。

質問の多くは、
@大井川町か離脱した理由と財政指数の公表を求めるもの
A将来、大井川の加入を期待しつつ、当面二市一町で合併
を促進すべしとするものであった。

答弁は、13名分一括で行われたが、経過報告以上の内容
は無く、不満くすぶる議員のガス抜きにもならなかったのでは? 
1月24〜25日には市内8公民館で一斉に住民説明会が予定されているのに、
静岡新聞の報道程度の経過報告で、市民は納得するだろうか。

****石田嘉弘の質問要旨****
平成14年の任意合併協設立以来、住民アンケートを含め、
市民の中での合併問題は、二市二町の枠組みを大前提としており、
その大前提が崩れた以上、法定合併協議会は白紙に戻し、
解散することが原則ではないか。

17年3月の合併期限を遵守しなければならないとする最大の理由は
合併特例債の運用にあると思われるが、厳しい制約が多く、
思ったほど利用効果は期待できないのではないか。

合併期限にこだわることなく、大井川町の離脱を絶好の機会と捕らへ、
じっくりと任意協以来試算されてきた合併効果や合併による地方交付税の
合併算定替えによる影響も含め、今後予想されるあらゆる枠組み(合併しなかっ
た場合も含め)シュミレーションを行い

将来の焼津の進路の選択を誤らないよう、
市民が合併の功罪を判断できる材料を
提供することこそ、今、市長に求められている責務ではないか。
                   



 12/26.2003
自衛隊のイラク派兵に反対しました
昨12月19日、11月議会が閉会しました。
最終日、"自衛隊のイラク派兵に反対する意見書"
が提案され、採決の結果、26議員中、
賛成少数(共産党の3氏と私、計4名)で否決されました。
小泉内閣は、18日、イラクへの自衛隊派遣に関する実施要領を承認、
その派遣費用として242億円(今年度4ヶ月分)を決定。
しかもこの中には、隊員の生活費・危険手当、移動旅費、装備品の輸送費等は、
含まれていないという。
フセイン大統領の身柄確保以降も、イラク市民の反米ゲリラ活動が、
依然として激しさを継続している最大の要因は、空爆で国内の全ての産業が破壊され、
今やイラク国民全体が、総失業状態からくる生活確保のための暴動とも
マスコミは報道しています。
今回、自衛隊は、破壊された水道や電気、住宅や学校などインフラ整備を
第一義的に行い、戦闘行動には参加しないという。
ならば、その金で、イラク住民の失業対策事業として、
イラク人の手で、インフラ整備をやらせたらどうだろう。水道管の敷設は、
自衛隊がやっても、イラク人がやっても同じでは?
単純計算で行けば、自衛隊のイラク派兵で、年間1000億円の税金が投入される。
しかも、イラクの人件費は、自衛隊員の何分の1だろう。
それで、何万人の失業者が救済されるはずです。
『血を流さない国際貢献は、貢献ではない』という人がいる。
彼らの主張には、最初に『自衛隊の海外派兵ありき』と思うのは私だけでしょうか。
『金で済ませるのではありません』
苦しんでいるイラク人が最も期待している支援をすることこそ、
最も有効な国際貢献ではないでしょうか。
それは、日本国憲法の示す道でもあります。




12/2.2003
多数決は、民主主義 ?
9月議会冒頭、議会運営委員会で、
一般質問の発言順序が変更となった旨、連絡があった。
私が議会に参加して9年目、
これまで、一般質問は、抽選で発言順序を決めていたのに、
今回から、『発言の最初は、議会構成団体の最大会派の明和会、
       発言の最後は、議会構成団体に加入していない無会派、
       それ以外は、従来どおり抽選』
との事。

何のことはない、無会派の石田嘉弘は、
どこかの会派に入れてもらわない限り、
一般質問の質問順序は、これから毎回最後になる、
という。

狭い市内の事、問題点、改善点を26名の議員が、四六時中チェックしているわけですから、
一般質問は、問題によっては、2〜3名の発言がダブル事は、当たり前。
それだけに、発言順序によっては、二番煎じ、三番煎じ、致命傷にもなりかねない。
紅白歌合戦でもあるまいに、オオトリと喜んでいるわけには行きません。

選挙で選ばれた議員は『議会発言が命』、それを会派の数で
発言順序を差別するとは、
議会制民主主義の最も進んでいる地方議会のする事でしょうか。

しかも、民主主義を標榜する野党の皆さんも含め、
8名の議会運営委員全員一致で決まったとの事。
早速議長に質問状を提出し、撤回を申し出るも、今日まで音信不通。

私たちの日常生活では、ともすると多数決は民主主義と思いがちですが、
言論の自由がどうしたら守れるかを第一義的に判断することが、真の民主主義では。
いよいよ11月議会も始まりました。二番煎じとならないよう、今まで以上にがんばります。





最新 10/6.2003
合併には賛成できません!

9月3日開会した定例市議会の冒頭、2市2町の合併問題を検討する
法定合併協議会設置に関する議案が上程されました。
これまで、1年余、任意合併協議会で、2市2町の擦刷合せを行ってきた結果、
平成17年3月までに合併するための最終判断を行うための、協議会を結成するという。

私もこの数年、合併問題について、勉強したつもりではあるが、
推進派の皆さんが言うような『サービスは最高、負担は最低』の
基準で合併したケースは、今もってお目にかかった事がない。
中でも大宮・浦和と合併して、さいたま市となった与野市の当時の
総務部長サン(現さいたま市参与)の呻きは悲惨そのもの。
だいたい、総務省が鉦や太鼓で推し進めている、今回の平成の大合併は、
所詮、大幅債務超過の国の財政負担を軽減させ、地方交付税など
国の支出を削減させるための方策に過ぎない以上
『負担は最高、サービスは最低』となりかねナイ。
しかも、焼津市の14年度の法人市民税の法人割は、平成10年度対比40%。
市内の中小企業の所得は6割も減少し、疲れきっている。
これだけ深刻な経済危機を放置したままで、何の方策も無いまま、
合併など、賛成出来る訳がナイ。
せめて、経済再生の展望が開けるまで、合併は延期して欲しい。
そこで『採決に保留はできないか』と議会事務局長に相談。
『議案に賛成でなければ、全て反対』とのつれない返事。
かくして、私は、共産党の3氏と共に、反対を表明しました。

折悪く、9月議会から、これまで私と同室であった無会派の石田昭夫議員が、
保守系最大会派の『明和会』に加入。
私が明和会に入ったと間違われて、相次ぐ叱責の電話。
厳しい市議会第1日目でした。





8/20.2003
この夏、息子が2人増えました

私には4人の息子がいる。そして、この夏、息子が2人増えました。
話は、去年12月の日曜日の朝、突然かかってきた一本の電話から始まった。
W大の学生ですが、第五福竜丸について、焼津市民の話が聞きたい』との事。
市議選の1ヶ月前、目が回るほど忙しい時、1時間の約束で、
我が家に現れたのは二人のY君。卒論に第五福竜丸事件を取り上げ、
『当時を体験した一般市民の声を直接聞きたい』と来焼。
そして、ただ一人の無会派議員だからと、私が選ばれたらしい。

第五福竜丸事件は1954年、今から49年も前、私がまだ中学2年生の頃の事。
私と第五福竜丸とのつながりといえば、
東大病院へ入院するため、静浜基地に向かう船員の車を教念寺の前で見送ったこと。
高校時代、文芸部員?として、今は亡き、なかよし保育園の北山園長らと共に、
久保山さんの自宅に伺い、世界中から寄せられた英文の激励の手紙を
辞書と首っ引きで和訳したこと。
貧困ゆえ、第五福竜丸船員へのアメリカの補償に対し
一部市民の、聞くに堪えない中傷・やっかみに憤慨したこと。
そのくせ、忙しさにかまけて、毎年参加してきた墓前祭や平和行進から、
いつの間にか遠ざかってきた我が身の身勝手さに戸惑いと、冷や汗の2時間でした。

 年が明け,静岡新聞が、第五福竜丸の特集『心の航跡』を連載、
彼らに新聞記事を送りながら、妙に息投合した彼らと、高校時代以来の文通が始った。
そして、最近、彼らの就職が内定したとの知らせで、8月13日、焼津で就職祝いをやることに。
当日、彼らを伴って、まず、歴史民族資料館の中にある「第五福竜丸コーナー」へ、
病の床から娘さんに当てた久保山さんの手紙に胸がつまる。二人のY君の様に、
「第五福竜丸の焼津」を訪ねてくれる人もいるのに、こんなに貧弱な展示品………。
続いて、久保山さんの眠る浜当目の弘徳院へ。
旧盆にしては人影のない寂しい墓地、お寺で分けてもらったお線香を久保山さんの墓前に。

 夜、ジョッキを酌み交わし、歓談。まさに久しぶりに帰ってきた息子達だ。
マスコミ関係に就職が内定した彼等は、『この次は、取材で来焼したい』という。
遠くにお神輿の賑わいを聞きながら、握手で別れ。息子が旅立って行った日と同じ寂しさ。
被爆50周年には、もう少し充実した第五福竜丸コーナーと
市民誰もが参加できる平和運動を広げ、
その時、彼らを一人前の記者として焼津に招きたい、そんな別れでした。



7/23,2003
この道は、いつか来た道? 知覧特攻記念館を訪ねて

 7月15日から3日間、南九州、枕崎市・笠沙町に視察に出かけた。
常任委員会以外の視察は、いつも単独行だが、
今回は、新政会の3議員と共同行。
視察のテーマは、
枕崎市の漁港の整備状況と漁業・水産業の現状
笠沙町のマグロ蓄養の現状と今後の展望   
【視察内容は、別途報告書を作成してあります】
 最終日、鹿児島空港への帰路、知覧町に立ち寄った。
知覧は、太平洋戦争の末期、沖縄決戦攻防の際、人類史上、類を見ない、
爆装した飛行機もろとも肉弾となり、米艦隊に体当たりを敢行、
太平洋の波間に消えた1036名の若者が飛び立った基地としても有名な町。
その跡地には、隊員の遺影・遺品・遺書を展示した特攻平和会館が建立されていた。
17〜20歳前後の青年、というより、少年の面影を残す特攻隊員が、
出撃前夜、
父母にしたためた遺書
出撃命令をジッと待っていた三角兵舎
特攻隊員を見送った当時の女学生が語るビデオに、
胸が押しつぶされそうな時間が続く。
父も職業軍人だったから、軍服・サーべル・勲章など、
見慣れた父と同じ遺品を見るにつけ、
忘れかけていた戦争の息苦しさで思わず館外へ。
帰路、新聞は、イラク復興支援特別措置法の国会審議を大きく報道していた。
なんで、遠い中東の地に、日本の青年を送るんだろう、
イラク侵攻は、国連でさえ決議できなかったというのに。
大量破壊兵器は今もって発見されていないというのに、
戦争放棄を憲法に持つ日本が参加するという。
私たちは、知覧の少年の死を無駄にしてはいないか。

この道は、いつか来た道だ。

重く、暗い視察でした。


6/9,2003
三崎マグロ倶楽部訪問記
 民商副会長の内田さんと、連休の終わった5月9日、
神奈川県の三崎に行ってきました。
ご承知の様に、三崎は、神奈川県三浦半島の先端にある
焼津同様の特定第3種漁港、遠洋漁業の街。
ですから、200海里問題で、80年代以後、さびれる一方の町並みも
驚くほど焼津にそっくり。
そんな街に、この5、6年、驚くべき変化が起こっているというので、
その原動力の(協)三崎マグロ倶楽部を、ここ数年、毎年のように訪ねることにしている。
 20年前、さびれた遠洋漁業の町を再建しようと、13名の飲食業者が協同組合を結成。
13名は、みんな、三浦三崎の民商会員だとか、
組合員は、毎月1品以上のオリジナルのマグロ創作料理発表を義務付けられた。
彼等は、創作料理の開発に苦しみ、全国の漁師町に出かけ、料理を盗んで(?)きた。(笑)
焼津の"鮪の兜焼き"も、いまや、見事彼らの手によって、三崎の看板料理に、
そして、三崎の名産品の開発に成功、その名も鮪入り肉まん"トロ饅"の大ヒット
漁業中心の漁港から観光中心の漁港へ、魚市場を移設して、港の中心に魚センターを開設
市の補助金を使って、三崎マグロ倶楽部の地ビールを生産、
商店街の空き店舗でビア・スタンドを開設。
そして、昨年、三崎を訪ね、鮪料理を食べにきた観光客は、100万人を突破。
二年前までは、80万人に届かなかったのに、(都心からは、不便な街です三崎は)
焼津魚センターの来客は年間170万人
でも…何人が鮪料理を食べただろうか。
 そして、今年、出迎えてくれた平井副理事長は、
私たちに、とんでもない共同事業を持ちかけてきた。
低迷する商店街の再生を図るために、三崎・焼津・下関・銚子・・・・
全国の遠洋漁業の町(特三漁港)でしか出来ない、
新しい商業活動を共同でやろう、というのだ。
商売に対し、どこまで、彼等は貪欲なんだろう、
三崎マグロ倶楽部の自助努力のものすごさに圧倒され、
離される一方の焼津の低迷に、悔しいやら、情けないやら、
内田さんも同じらしく、車中は、沈黙の夕暮れでありました。


4/19,2003
今こそ自助努力で危機打開を
この所得で食べていけるのだろうか
これが、確定申告終了後の私の感想でした。
つい数年前まで、
家族専従者の給与は年平均300万円、
それが今年は200万円を割り込み、
専従者を退職して、ほかのところに働きに出る家族が激増。
いまや、全国の市町村でシャッター通りは続出。
このため、焼津市でも本年度の個人市民税の税収見込みは激減。
そうした中、今、全国できらりと光る新しい業者運動が始まった。
神奈川県三浦三崎のみさきまぐろくらぶ
京都と中京区の西新道商店街
東京巣鴨の地蔵通り商店街
愛知県高浜の飲食業者の高齢者宅配サービス
長野県駒ヶ根のソースカツどん
これらの町のキーワードは、高齢社会と食文化とインターネット。
そして新しい業者運動の原動力は、
自助努力【人に頼らず、自分で励む】をする業者同士の
共同、協業化にあることが明らかになっています。
【自助努力】とは言う事は簡単だが、実行は至難の業。
補助金の増額要求に市長選挙を利用するなど、何をかいわんやである。
三崎マグロクラブでは、わずか13件の飲食業者の血みどろの努力で、
いまや関東一円からグルメ観光客が年間80万人超。
【おかげで税収も大幅に伸びた。】と三浦市は感謝を込めて
三崎マグロクラブへの年間補助金800万円。
三崎マグロクラブは、その資金で地ビールを開発、
廃業した商店がビアホールに衣替え。
この8年、全国の町おこしの教訓を学んできました。
そして、いよいよ、焼津でも町おこしの運動を始めます。
4月14日10名の飲食業者の皆さんが
勉強を始めました、名づけて【商売を語る会・飲食部会】
自らの営業を守るために同業者、異業者間の交流をいまこそ。
意欲のある人の行動が求められています。
あなたの考えたプログラムを事務局へ持ち込んでくださいお願いします

3/25,2003
確定申告も二月議会も終わり
今日は朝から終日“テレビの番人”
…年に何日もない仕事からの開放日!
ところがテレビは、
朝からバクダットに降り注ぐ爆弾の雨…
あの下に、
どれだけの子供たちが耳を両手でふさいで震えているだろうか…。
フラッシュバックとはこのことか…
突然頭をよぎった記憶。
57年前。
多分昭和20年の春。
小川新地に投下された焼夷弾の轟音…
両手で耳をふさいで庭の防空壕に飛び込んだ・・・。
今も忘れられない
わずか4歳の思い出…。
それにしてもなぜアメリカは10年に1回、
しかも経済が低迷しているときにだけ戦争を起こすのだろうか。
せめて大人たちは、戦争をゲーム感覚で子供たちに見せることだけはやめさせよう。
そこから平和の運動が始まることと信じて。 

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