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d) ギリシャの韻律

 メシアンの解説に、よく「インドやギリシャのリズムの影響を受け云々」と書いてあるのを見かける。これらのうち、インドのリズムは別項にあるように、古代インド音楽のリズムの事であるが、ギリシャのリズムとは古代ギリシャ語の詩、韻文のリズムを指す。すなわち、音楽というよりは言葉そのもののアクセントの事である(もっとも、この時代の詩と音楽は非常に密接に結びついていたのであるが)。

 ヨーロッパ言語においてアクセントが非常に重要である事は言うまでもない。今日、我々日本人が「アクセント」と言われて思い起こすのはアングロサクソン語族(英語など)やゲルマン語族(ドイツ語など)に代表される「強弱」のアクセントであるが、これらはヨーロッパには後から入ってきた言語であり、古くから存在したギリシャ語やラテン語では強弱の代わりに「長短」のアクセントが用いられていた。「長」は単純に「短」の2倍の長さを持つと言われている。また、「長短」は音の「高低」と結びついていた。すなわち、アクセントは長く、高く発音されていた。

 この「長」と「短」をいくつか組み合わせたものを「脚(英語ではfoot)」と呼び、その組み合わせ方によって様々な名前が付いている。その主なものを下の表に示した。
 「脚」のいくつかの組み合わせを「メートル(韻律)」と呼ぶ。

 下の表を見ると、不規則な奇数リズムが多数含まれている。こうした組み合わせは特にメシアンの関心を惹いた。また、例えばクレティコース格(長・短・長)のように逆行不可能なリズムになっているものも存在する。

 詩においては韻律は非常に重要であり、これは古今東西を問わない。例えば日本では和歌や俳句における五七五、中国には五言絶句や七言律詩といった韻律上の形式が存在する。古代ギリシャにおいても、様々なメートルに基づいて長大な叙事詩が書かれた。例えば、有名なホメロスの「オデュッセイア」はダクテュロス調で書かれている。すなわち、ダクテュロス格(長・短・短)が6つ並べられたものが15000回以上繰り返されて壮大な物語を構成してる。同一の脚のみでなく、複数の脚、例えば3音節の脚と4音節の脚を組み合わせる詩節なども存在する。
 同じ脚が続く場合には時に「代わり」を用いることが出来る。例えば、「オデュッセイア」ではダクテュロス格(長・短・短)は時にスポンデイオス格(長・長)に置き換えられている。
 メシアンはこうした詩節に縛られることなく、ある程度自由に脚を配列して自作に用いたようだ。


 また、メシアンは「アナクラーズ(屈折法)」と呼ばれる置換法でこれらのリズムを加工した。これは並んだ2つのリズムの境目で音節を入れ替える方法である。
 例えば、次のような例を用いてこれを説明してみる。(長音節を―、短音節を∪で示した)。

∪∪― ― ∪∪― ― ∪∪― ―    …「タタターター タタターター タタターター」というリズム

 これはイオニア格を3つ並べたもの(イオニア格のトリメートル)であるが、2つめのイオニア格の最後の「長」と3つめのイオニア格の最初の「短」を入れ替えると

∪∪― ― ∪∪―∪ ―∪― ―    …「タタターター タタタータ タータターター」というリズム

 となる。結果として「イオニア格ペオニア格第3種エピートリタ格第2種」、拍の数としては「6+5+7」という不規則なリズムが得られる。


《脚の一覧表》

―:長音節
∪:短音節

日本語名(ギリシャ読み) 英語名 音節の配列 拍子数 備考
2音節のもの
ピュルス格 pyrrhus ∪∪ 2
イアンボス格、イーアンボス格 iamb ∪― 3
トロカイオス格、トロクハイオス格 trochee ―∪ 3
スポンデイオス格、スポンダイオース格 spondee ― ― 4
3音節のもの
トリブラキュス格、トリブラキュース格 tribrach ∪∪∪ 3
ダクテュロス格、ダークテュロス格 dactyl ―∪∪ 4
アナパイストス格 anapest ∪∪― 4
アティブラクハオイオス格 amphibrach ∪―∪ 4
クレティコス[アンフィマクロス]格 cretic, amphimacer ―∪― 5
バッケイオス格、バークヘイオス格 bacchius ∪― ― 5
逆バッケイオス格、アンティバークヘイオス格 antibacchius ― ―∪ 5
モロッソス格 molossus ― ― ― 6
4音節のもの

proceleusmatic ∪∪∪∪ 4
ペオニア格 paeon ―∪∪∪(第1)
∪―∪∪(第2)
∪∪―∪(第3)
∪∪∪―(第4)
5
イオニア格 ionic ∪∪― ―(minor)
― ―∪∪(major)
6
コリアンボス格 choriamb, choriambus ―∪∪― 6

antispast ∪― ―∪ 6
エピートリタ格、エピトリトゥス格 epitrite ∪― ― ―(第1)
― ∪― ―(第2)
― ― ∪―(第3)
― ― ―∪(第4)
7

dispondee ― ― ― ― 8 スポンデイオス×2
5音節のもの
ドクフミアコース格 dochmius ∪― ―∪― 8 イアンボス+クレティコス

adonic ―∪∪― ―
―∪∪―∪
8
7
ダクテュロス+スポンデイオス
ダクテュロス+トロカイオス


 これ以上の長い音節から成る脚は、複数の短い脚の組み合わせで作ることが出来る。


※ 一部、日本語での一般的な呼称がわからず、空欄になっている所があります。また、私はギリシャ語やギリシャ古典、詩については素人ですので、専門家の目で見れば誤った記述等があるかもしれません。もしそうした点があれば、ご教示頂ければ幸いです。


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