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スピノザ

『エチカ』

はじめに

念のために言っておくと、私・Argonauta(Priapus 改め)は、 スピノザ主義者でも、 スピノザの信奉者でも、スピノザの研究者でもない。また、決して、 汎神論者でも、形而上学者でもない。哲学的には、一応、「論理主義的・ 観念論者」を自称している。

その Argonauta(Priapus 改め)が、スピノザを読もうと思った動機は、 もとを正せばやはり、 ラテン語の勉強のためであった。山本書店刊の羅和対訳判は、哲学ラテン語の 学習者にとって貴重であった。また、当時(1991.5.1.)、スコラ学に興味のあった Argonauta(Priapus 改め)にとっても、 スピノザの用語法がスコラ学に多くを依存していることは、 好都合ではあった。そのようなわけで、以来、時折・少しずつではあるが、 読んでいるうちに、今では、それなりに「スピノザ愛好家」である。

Argonauta(Priapus 改め)がスピノザにひかれる理由は、今一つある。 Argonauta(Priapus 改め)の思考の航跡は、 記号論理学から先験的論理主義へと進み、そこからさらに、弁証法へと進んでいった。 フィヒテの前期知識学やヘーゲルの論理学をヒントにしつつも、そこからさらに、 新しいタイプの「先験的弁証法」の可能性をさぐれないものか? などと、 少々無理なことを考えるようになった。その是非はともかく、ドイツ観念論者は スピノザを高く評価しており、スピノザ問題は当時盛んに議論された。当然、 ドイツ観念論関係の本を読んでいると、スピノザの名には至る所で出会う。 おかげさまで、スピノザにも親しみ(?)を感ずるようになり、『エチカ』の訳読も、 より一層楽しいものとなった。

さて、以下に、『エチカ』の冒頭部分からの試訳をアップする。具体的にどこまで、 定理何番まで読むかは、今のところ決めていない。あまり長々とやるつもりはない。 適当なところで一旦中断して、別のテキストを読むことになるだろう。

訳文は、(1) なるべく直訳的に、(2) 可能な限りテキストの語順を尊重して、 (3) 長い文章は短く区切って、訳すことにした。したがって、随分と不自然かつ ヘンテコな日本語になっていることと思うが、これは、確信犯である。


TEXT:スピノザ


ETHICA
Ordine Geometrico demonstrata,
ET
In quinque Partes distincta,
in quibus agitutr,

幾何学の秩序によって証明された倫理学
――また、5部に分けられ、そこで論じられる、


I. De Deo.

I.神について.

II. De Natura & Origine Mentis.

II.精神の本性と起源について.

III. De Origine & Natura Affectuum.

III.感情の起源と本性について.

IV. De Servitute Humana, seu de Affectuum Viribus.

IV.人間の隷属について、あるいは感情の力について.

V. De Potentia Intellectus, seu de Libertate Humana.

V.知性の能力について、あるいは人間の自由について.




ETHICES
Pars Prima,
DE DEO.

倫理学の第1部
神について.


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