2006年 イギリス 観光の旅
2006年6月2日(金)から11日(日)までの10日間、JTBのツアー「ネス湖から湖水地方へ 英国の魅力を訪ねる旅10」に夫婦で参加してきました。私にとっても妻にとっても十数年ぶりの海外旅行です。200枚ほど写真を撮ってきましたが、容量が心配であまり多くは掲載できないし、サイズも小さいのが残念です。以下、日程の順にご紹介します。
第1日目(6月2日)
前泊したホテル(ホテル日空ウインズ成田)を早めにバスで出発、8時半前に成田空港第1ターミナル北ウイング4階に着いた。両替所があったので2万円をポンドに替えた(手数料込みで1ポンド221円の計算)。
事前に渡されていた日程表には集合時間は9時。集合場所は「JTB受付F21…カウンター、ルックJTB VS901ヨーロッパ表示前」となっていた。私たちはここで勘違いをしてしまった。添乗員が旗かなにかを持っていて、そこに旅行参加者が集まっているのだろうと思い、きょろきょろ捜したが、そんな様子のところはどこにもなかった。沢山の人々がそれぞれに行動しているのである。
Look JTBの丸いタッグをスーツケースにつけている人を見つけ、教えてもらった。結局、「集合場所」とは囲いの入口(Check inの表示)でスーツケースのX線検査を受け、それから21と表示されたカウンターに行くことだったのだ。
カウンターでは添乗員のSさん(女性)が個別にやって来た参加者に搭乗券を渡し、同じ内容の指示(セキュリティ検査を受け、3階に下りる)を繰り返していた。スーツケースはカウンター横のベルトに乗せられて去って行った。(このスーツケースに再会したのは17時間後アバディーンのホテルの部屋のドア前だった。この後も重いスーツケースを自分で運ぶということはなかった。)
3階に下りて待っているとSさんが現れ参加者(24名)が全員集合した。出発ゲートは26とのこと。
ヴァージンアトランティック航空のVS901便は11時15分離陸した。2時間後に最初の機内食。その後ロンドンに着くまでさらに2回の機内食があった。
ロンドンのヒースロー空港着が15:30(以下現地時間)。ブリティッシュミッドランド航空に乗り換え、アバディーンに着いたのが19:10。更にバスに乗って郊外のホテルに着いたのは20:30であった。
宿泊ホテルは Thistle Aberdeen Altens。SさんによればJTBでは荷物を運ぶボーイには纏めてチップを払っているので個人で渡す必要はないとのこと。また部屋のチップ(枕銭)はもしコインがあれば一人50ペンスくらい置いておけばいいだろうとのことだった。
ホテルの外観:21:45に撮影、アバディーンは緯度が高く、今の時期は夜10時を過ぎても薄明るい。
第2日目(6/3)
この日の日程は、モーニングコール6:30、朝食・荷物の回収が7:30(ドアの外に出しておく)、ホテル出発8:30(旅の全日程を専用バスで)。
北西へ220キロ離れたインバネスの町が宿泊地だが、途中「マクベス」の舞台となったと言われるコーダー城を見学、近くで昼食をとった後、一時期「ネッシー」がいると騒がれたネス湖、およびその湖畔に立つ廃墟「アーカート城」を観光した。
菜の花畑
機上からは幾つもの黄色いパッチ(継当て)のように見えたものの正体は菜の花畑だった。牧草地は広大で牛や羊の群れを見ることもあった。
何の木?
休憩地点として立ち寄った町ケースで赤い葉をつけた立ち木を見つけた。よく見ると花も咲いている。何の木だろうか。(右は一部拡大)
コーダー城
14世紀にこの地方の豪族コーダー家が建てたとされる。今も冬期間は末裔が住居として使用。外観も優美だが内部の家具調度類もすばらしい。
ネス湖とアーカート城
ネス湖は幅1.8キロ、長さ38キロと細長い湖。B&B(民宿のような宿泊所)や売店、レストランなどがまとまっているところがあった。アーカート城は13世紀の築城だが17世紀に戦場となり爆破されたという。廃墟に佇むと「兵どもの夢の跡」という感慨を覚える。
宿泊、夕食はインバネス郊外の Loch Ness Lodge Hotel
なお夕食時、参加者全員の簡単な自己紹介をした。(これは多分私がSさんに10日間も行動を共にするのだから自己紹介の機会を設けたら、と提案したことも影響したと思う。他の参加者に聞いてみたら、10年くらい前まではよく自己紹介したものだが、近年は個人情報保護の観点からか、しないのが普通だと言う。しかしSさんが部屋のキーを渡すときなどに一人一人の名前を呼ぶので、名前だけの自己紹介なら問題ないように思うのだが。)自己紹介をしたことで、互いに少しは近親感を覚えたのではないだろうか。
第3日目(6/4)
8:45ホテル出発。251キロ離れたエディンバラへの移動の日である。バスの車窓から眺めるスコットランドの延々と続く牧草地に感動した。途中何度か休憩タイムをとった。
ピトロッホリーという町でブレア・アソール蒸留所の内部を見学。ウイスキーの製造過程を一通り研修した後で、シングルモルト(一つの蒸留所で仕上げられた)のウイスキーを試飲させてもらった(一杯だけ)。
エディンバラ城とそこから見た風景。
一番奥の砲台が毎1時に空砲を撃ち、時間を知らせている。
現地ガイドのHさんによれば、スコットランド人はケチ(合理的)で昼を知らせる空砲は12時ではなく1時だという。12時なら12回撃たなければならないが、1時だと1発撃つだけでよいから(安上がり)、とのこと。
16:00エディンバラ市内に着くとガイドのHさんが待ち受けていた。Hさんは何年もこの地に住んでいるようで、エディンバラの地理・歴史にとても詳しい。説明を聞きながら市内を回り、岩山の上にあるエディンバラ城にのぼった。更にその後で市街を一望するカールトンヒル(公園になっている丘)へも行ったが、日程的にきつかったようで、この時は多少の疲れを感じた。18:30市内のホテルRamada Mount Riyalへ到着。
エディンバラはスコットランドの首都(人口39万)でありユネスコの世界遺産にも登録されている街である。できれば丸一日滞在してゆっくり見て回りたいと思った。
第4日目(6/5)
228キロ南のイギリス中部、湖水地方を目指してホテルを8時出発。
途中の休憩地にオールド・ブラックスミスズ・ショップという店があり、その昔、親の反対で結婚できないイングランドの二人が駆け込んできてここの鍛冶屋に証人になってもらいスコットランドの法律によって正式な結婚式をあげた所だという。
左の写真はそこで買ったクッキーの缶。若い二人と証人の鍛冶屋が描かれている。
この日のメインは次の2地点である。
ダヴ・コテージ
湖水地方のグラスミアにある詩人ワーズワース(1770〜1850)の家。元はパブだったがワーズワースが引っ越して来て結婚し、家族が増えたため出て行くまでの9年間ほど住んだ家。ゆかりの品が種々展示されている。
レストランでの昼食 どんな話題を取り上げるだろうか。旅にまつわる話、食事や健康など当たり障りのない話が多かったように思う。皆さん「お上品」な感じで、自分を出さない人が殆どだった。
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ワールド・オブ・ビアトリクス・ポター・アトラクション
ウインダミア湖に面した町ボウネスにあるビアトリクス・ポター(ピーターラビットの作者)の記念館のようなところ。最初に5分くらい映画を見てからポターの絵本の場面を再現した展示場を巡る仕掛けになっている。売店では絵本のキャラクターなど多種類の土産物を売っている。
ホテルWindermere Hydro Hotelは湖に面した町ボウネスの高台にあり眺めがいいが、私たちの部屋は裏側でどうしょうもなかった。
第5日目(6/6)
ホテル出発9:40と遅かった。午前はウインダミア湖(写真)を挟んで対岸にあるヒルトップを訪れ(湖のクルーズも兼ねて)、午後は153キロ南下したハワースへ。更に西へ120キロの宿泊地チェスターへ。
ヒルトップ ビアトリクス・ポターが77歳で亡くなるまで住んでいた農家風の家。管理団体によってよく保存されている。訪れる人が多く、私たちが行った時は1分ごとに2人ずつ入場させていた。
ハワースハワースは小さい町。バスを降りた後、石畳の坂道を上がったところに「嵐が丘」、「ジェーンエア」などの作者ブロンテ姉妹が住んでいた家、その隣に姉妹の父が牧師をしていた教会がある。姉妹の家にはゆかりの品が多く、またその暮らしぶりを知ることが出来る。![]()
チェスター人口32万の歴史ある都市。町の中心部が中世に築かれた城壁で囲まれている。城壁の上は散歩道になっているのだがそこまでは行けなかった。市中の商店街は上階部分がつながっていて傘をささずに買い物が出来るようになっている。
一行はパブで夕食(ビール付き)を済ませてから21:00ころホテルHoliday Inn Chester Southに着いた。
第6日目(6/7)
ホテル出発8時。今日は陶磁器の町ストーク・オン・トレンドとシェークスピア生誕の地ストラット・フォード・アポン・エイボンがメインである。イングランドに入って晴天の日が続きバスの車窓から日光が入る。帽子とサングラスを持参すればよかったと思う。(なおバスの座席は指定ではなく、その日の早い者順で決まるので、毎日変わっていた。)
ストーク・オン・トレンド
この町の陶磁器工場の一つであるウエッジウッド・ビジターセンターを訪ねた。まずイギリス窯工芸に関する展示室を見、次に実際の工場内を工程に従って見学するのだが、私たちが行った時はちょうどお昼時で、工員たちはあちこちで食事をしていた。売店やレストランも併設されている
レストランに入って昼食。イギリスの伝統的な食事「フィッシュ&チップス」というものだと言うので写真に撮った。
ストラット・フォード・アポン・エイボン
・ここでは最初にシェークスピア(1564〜1616)誕生の家を訪問した。入り口→居間(父親のベッドあり)→食堂(ゴシック調の家具)→手袋屋の仕事場(父親は手袋の製造販売をしていた)→二階の部屋(寝室、今は展示室)→シェークスピア誕生の部屋(揺りかご、玩具なども)→奥の間(父の死後増設、今は資料室)→台所と食料貯蔵室(17世紀の色々な物)の順に回った。ほかにもシェークスピアが学んだ場所、亡くなった場所(今は庭園)なども見た。
写真はストラット・フォードの街。中央部の茶色い建物がシェークスピアが若い頃勉学したところとか。
・次にシェークスピアの妻アン・ハザウエイが結婚前まで住んでいた家を訪ねた。どっしりとした茅葺き屋根が印象的である。シェークスピアの生家が多くは当時の物の収集品から成っているのに対し、こちらはオリジナルの現物の多いのが特徴とか。
市内を流れるエイボン川、なぜか船遊びをする人が多いらしい。
この後チッピングカムデンへ移動、宿泊。
ホテルはこぢんまりした Noel Arms Hotel(下写真)。
外観は古い石造りだが部屋は綺麗で可愛らしかった。
第7日目(6/8)
チッピングカムデンは美しい田園風景で知られるコッツウォルズ地方にある町の一つである。朝出発前に近所を散策し写真を撮った。今日は次の二つの町村を経てオックスフォードへ。
バートン・オン・ザ・ウォーター
川と石橋、周りの自然が調和している美しい町である。子供たちが写生していた。
バイブリー
バイブリーは「イングランドで最も美しい村」(ウイリアム・モリス)ということで、観光客が多い。
日本人の画家が水彩画を描き販売していた(台紙付き)。(7、8点の作品を並べていたが大半は原作を元に版画(ジグレー)にしたもの。値段も10ポンドなのでお土産感覚で買ってもらえそうだ。)
オックスフォード
ロンドンから西へ電車で1時間ほどのところにある大学の町である。オックスフォード大学は単一の大学ではなく、いくつかのカレッジ(これも日本の短大とは異なる)から成り立っている。
カレッジの一つであるクライスト・チャーチを訪れた。「不思議な国のアリス」の作者ルイス・キャロルが教鞭をとったことでも知られていると言う。
この写真は構内の食堂。350席くらいはあると見た。映画「ハリーポッター」の撮影にも使われたとか。
5時半頃ロンドンのホテル Thistle Kensington Park に到着(ここは2泊)。その後いったんホテルを出て「上海飯店」で中華料理をいただいた。
左は夕方のロンドン。中央の建物が有名百貨店ハロッズ。
右はケンジントン・ガーデンズ(公園)の中にあるケンジントン宮殿。ダイアナ妃が住んでいたことでも知られる。夜8時半頃撮影。
第8日目(6/9)
ロンドン一日自由行動の日である。
午前中は観光会社My Busのオプショナルツアーロンドン市内午前半日観光に参加した。(一行からの参加者が16名もいてSさんの引率でホテル近くのバス停から三越前までバスを利用。)
コースは9:00 ロンドン三越正面玄関前出発→セントポール寺院→タワーブリッジ→ロンドン塔→国会議事堂(対岸)→ウエストミンスター寺院→バッキンガム宮殿→ピカデリー→12:00頃 ロンドン三越前帰着(解散)日本人ガイドの説明は早口の上、強弱がありすぎて聞きずらかった。
![]() ロンドンブリッジ 少しもやがかかってムードがあった。 |
![]() バッキンガム宮殿 衛兵交替の時間帯で観光客でごった返していた。 |
![]() 交替のため行進する衛兵 マーチングバンドで大音響の行進だった。 |
昼はある日本食レストランで「そば定食」を頼んだ。出て来たものは生そば、ご飯、枝豆だけ(写真を撮っておけばよかった)。これで1600円相当である。漬け物、煮物、おひたし、揚げ物などは欲しければ追加料金でということだったのかもしれない。店内にはプラ容器入り食品(天丼など)のコーナーがありそれを買ってチンして食べている人もいた。確かに日本人が多かった。
昼食の後、私たち二人は徒歩でナショナルギャラリーに向かった。ここでは受付で日本語のパンフレットをもらい、ルネッサンスから印象派の時代までの絵画を中心に観覧した。ドラクロワ、ルーベンス等の大作が多く、感動し、また参考になった。
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バス停の表示
図で示しているので分かりやすい。ただしバスが来る時間は「何分おき」といった漠然としたもの。地下鉄
表示も構内も路線によって色別に区分され、分かりやすい。
ピカデリーサーカスの地下鉄駅で一日乗り降り自由の「ワンデイ・トラベルカード」を手に入れた(4.7ポンド。乗車券は区間や時間帯により何種類もあるので旅行案内書などで下調べをしておいた方がいいと思う。)地下鉄は自動改札である。ピカデリー線に乗り3つ目のキングストンブリッジで降りる。出ると有名百貨店ハロッズがある。ここの地下に案内所があり日本人のスタッフもいるので買い物について聞くことができる。バッグ類などのお土産を買った。
![]() ロンドン塔の前 子供たちが沢山いた。 |
![]() 左の変わった建物はロンドン市庁舎。右の尖ったのはスイス再保険会社本社。 |
![]() 観覧車はBAロンドンアイ(135m)。左の彫刻は近くの旧市庁舎でダリ展を行っているため。 |
近衛騎兵隊司令部前の騎兵
(ホース・ガーズという)
ピカデリーサーカス(地名)の広場
ロンドンという街
石造りの歴史を感じさせる建物、古い彫刻、広場、広々とした公園など「ゆとり」を感じさせる街だ。「変わった建物」もその「ゆとり」故に調和して見えるのだろう。
ヨーロッパ系の人種の他に黒人、アラブ系、アジア系なども多い。典型的な国際都市だと思った。
再び地下鉄に乗りいったんホテルに戻った。
7時に「次女の夫の妹夫妻」がロンドンに在住しているので一緒に夕食を食べることにしていた。6時にホテルを出て地下鉄サークル線に乗りセントラル線に乗り替えてトッテンハム・コート・ロード駅へ。駅で待ち合わせ、近くのトルコ料理店へ入る。トルコ料理の知識はないので注文はお任せ。見た目よりは淡白な味だった。
大英博物館
店を出るとすぐそばに大英博物館がある。金・土曜は夜10時まで入場可能(無料)とのこと。私たちは1階ロビー部分だけぐるりと一回りした(売店は閉まっていた)。8時半頃撮影。
また地下鉄でホテルへ戻った。「ワンデイ・トラベルカード」は何度も使えて便利である。
第9日目(6/10)
モーニングコール8:00、(朝食は7:30から可)、荷物回収9:00、ホテル出発10:00。土曜日なせいかヒースロー空港は混雑していた。チェックインしてからウエッジウッドで買ったアクセサリー(70ポンド)の免税手続きをした。4.6ポンド返って来た。
飛行機(VS900)の出発は13:00、免税店での買い物に20分ぐらいしかとれない。昼食もできない。ホテル出発が遅すぎたと思った。
15:30と23:00(日本時間では翌朝7時)に機内食が出た。
第10日目(6/11)
成田着08:40、第1ターミナル2階で入国審査(パスホート提出)→1階到着ロビーでスーツケース受取。この時点で各自Sさんに挨拶し、流れ解散となる。
スーツケースを同じ階の宅配業者に頼んだ。翌日自宅に届くと言う。残ったポンド紙幣を日本円に両替した(硬貨は両替できないのでロンドンで使い切った方がよい)。
帰りは成田発13:16(JR成田エクスプレス)にしていたので、時間を持て余してしまった。
***** 付 記 *****
・この旅行で私はVISAカードを持っていったがどこでも例外なく有効に使うことができた。しかし妻が持参したJCBカードはスコットランドの土産物屋では(他のカードは使えるのに)使えなかった。以来妻はJCBカードを一度も使わず、私のVISAカードを当てにするようになった。
・今回の旅行の3日目くらいに私はくしゃみ、鼻水などアレルギー症状が出た。持参した3回分の風邪薬では足りず他の方から薬もらうはめになった。何があるか分からないので薬もケチらない方が良いと思った。
・イギリスで屋外にある自動販売機と言うものは見たことがない。瓶入りの水は買えるときに買っておいた方がよい。観光バスの運転手がまとめ買いをしてそれを売ってくれることがあるそうだが、私たちの運転手はそんなことはしなかった。
・スコットランドは寒いと聞いていたのでセーターなど冬物をいくつか持参したが、全然寒くはなかった。イギリスと言えば雨や霧を連想するが、偶然なのか「晴」の日が続いた。なお参加者の多くは毎日のように着替えていた。もう少し着るものを持っていけばよかった。
・店でものを買ったり、道を尋ねたりするとき私の英語でも通ずることが分かって嬉しかった。ただ返答はぶっきらぼうな感じがした。後で英語講師のイギリス人に聞いたら、イギリスには様々な人種の人がおり、初対面の人には警戒心があるのではないかとのことだった。
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