住宅顕信(すみたくけんしん)句抄

1961年(昭36) 岡山市に生まれる
本名(春美)
1985年(昭60) 層雲から海市に投句
「ぬかれる血」など発表
1986年(昭61) 「海市」編集同人
1987年(昭62) 2月7日、白血病のため死去
句集「未完成」(弥生書房)
刊行本多数
海外でも高く評価

顕信遺句抄

***燃え尽きた青い詩性***

面会謝絶の戸を開けて冬がくる 窓に病人ばかりが耐えている冬空
冬の長い影おとして歩く 枕の水が回診のくつ音知っている
今日がはじまる検温器のふたとる 血の乏しい身体の朝ぬいてゆかれる血
どうにもならぬこと考え夜が深まる 病んでこんなにもやせた月窓に置く
毎日たいくつなみかんがごろごろ 月、静かに氷枕がくずれる
泣くだけ泣いてしまった顔 朝日さす手術承諾書の印が赤色
窓に雨がけむる明日への不安 手が汗ばんでいる夢を見ていた
さめて思い出せない不安な夢 退職願出してきた枕元に朝が来ていた
薬が生涯の友となるのか今朝の薬 定めにさからうまい歩けるだけ歩く
エレベーターの顔の中のひとつの顔 淋しい犬の犬らしく尾をふる
ぼんやり麻酔の効いている窓の昼月 寂しさが池に波紋つくっている
地を這っても生きていたいみのむし 鬼とは私のことか豆がまかれる
春にはと思う心に早い桜 車椅子の低い視線が春を見つけた
陽にあたれば歩けそうな脚なでてみる 外出が許されてひょっこりと出た昼月
窓に映る顔が春になれない 冷たい朝をゆく健康な人の背ばかり
開ければいやものでも見る目で閉められる うすい胸に吸い込んだ冷たいレントゲンだ
点滴びんに散ってしまった私の桜 自殺願望、メラメラと燃える火がある
若さとはこんな淋しい春なのか 梅雨が冷たいストレッチャーに横たわる
病んでいる足元蟻が働きだした 淋しさと向かい合い今日の箸とる
握りしめた夜に咳こむ 一人の灯をあかあかと点けている
誰もいない壁に近くすわる 許されたシャワーが朝の虹になる
水滴の一つ一つが笑っている顔だ 日傘の影うすく恋をしている
遠くから貴女とわかる白いブラウス 真夏の山がけずり取られた
聞こえない鳥が鳴いているという(耳に発) 天井の音をなくした夜が深まる
子につんぼと言われていたのか 湯あがりの聞こえぬ耳ふいてやる
少しある熱に道がかたむく 春風の重い扉だ
一人だけの淋しい物音たてている 病んでいる耳に死を告げられた
無表情な空に組み立てる黒い花輪だ 無口な妻といて神経質な夏あつくなる
短い影のかげといさかう 氷枕に支えられている白い天井
雨雲、やりきれない思いが雫しだした 重湯のさじ冷たい枕元に置かれる
ふと父の真似を子が爪をかむ 抱き上げてやれない子の高さに坐わる
朝はブラインドの影にしばられていた 補聴器をつけると朝の鳥なきだした
とんぼ薄い羽の夏を病んでいる 雨がきしませる戸も一人だけの病室
深夜の細い針が血管探している 一人にひとつの窓をもち月のある淋しさ
ひとかたまりの影を離れる ひとすじに流れた雨の心落ちつかせる
深い夜の底に落とした蚊がなく いつとはなく暮れている背を見送る
風のような冷たい体重計に上がる 淋しさきしませて雨あがりのブランコ
花火開ききった道に細い影を見つける 窓ふく朝の冷たい街が見える
病室を出て秋の山呼吸している 青空に並んで冷たい墓となる石
人ごみを抜けて来た手をあたためる 秋深い山からおりてきた
月明かり、青い咳する 秋は淋しい蛟にくわれていた
朝月残る昨日のこと考えている どこまでも寒い青空が続く
やりきれない気持ちのリンゴにナイフが置かれる 雨音、夜の池深く落ちる
人焼く煙突が見えて冬山 冷たい夜のペロリとうげた壁である
風ひたひたと走り去る人の廊下 箸さき重く今にも降り出しそうな雨
月が冷たい音落とした 消灯の放送に追い立てられた幼い手をふる
かたくなに閉じた冬をむかえる ふりかえれば月のある我影
夜が淋しくて誰かが笑いはじめた 捨てられた人形が見せたからくり

   
顕信句のイメージ
(一幸撮影)
  ・朝から待っている雲がその顔になる   顕信 
    
  ・春来る海の青さ君の顔が浮かんだりする   一幸 
 
  1986年(昭61)10.17 岡山市民病院にて
  顕信句は、一幸を待っている時に作った。  
  一幸は葬儀の帰途、瀬戸内を渡る時の作。
  地理的に、はなれていた二人だが、心でつながっていた。

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