囲碁は世界平和に貢献できるか/オリンピック?
平成15年12月リリース
初めに
囲碁は果たして世界平和に貢献できるか?この命題を論じる事が今後の囲碁の発展には避けて通れないのである。何故ならば少なくともアマチュアの囲碁普及の究極の目的がここにあるからである。多くのアマチュアが無報酬手弁当で囲碁普及をしているのはこれ以外に考えられない。
囲碁はオリンピックの種目にならないのか。それを推進している団体があり、3、4年前にそのスタッフに話を聞いたが、その後サッパリである。上手くいかず失敗に終わった、とも聞いている。何故だろう。チェス、ブリッジはとっくにオリンピックの種目に認められているのに。
政治と宗教が世界平和に100%貢献している状態であればいいが、何故か政治界と宗教界では戦争が起こる。平和憲法を持つ日本までが巻き添えを食っている。
オリンピックは世界平和に貢献している。政治権力による無謀な戦争によってオリンピックが中止された事もあるが、スポーツは世界人類に国籍・人種・宗教を超えた共通の喜びがある。
音楽・絵画・彫刻・文学などの芸術も人類共通のものである。しかし、言葉が絡んでくると簡単に人類共通とは言い難い事が起こって来る。言葉、文字は国籍・人種・宗教の壁を簡単には越えられない。
ゲームはどうか。国・人種・宗教の壁を乗り越えられるゲームならば世界平和に貢献できると言える。身近なゲームを以下に検証してみたい。検証項目として国籍、人種、宗教・教育、年令、体力などが考えられる。
オリンピックと囲碁
1997年5月17日の全ての一般紙に「囲碁をオリンピックに」の記事が踊った。記事の内容を要約すると次の通りである。
「日本棋院渡辺文雄理事長と日本ペア囲碁協会吉国一郎会長が16日に記者会見して、囲碁をオリンピックの正式競技にする運動に取り組む事を明らかにした。頭脳スポーツの分野では既にチェスが1990年に、ブリッジが1995年にIOCからオリンピックスポーツとして認められている。「「囲碁も立派な頭脳スポーツであり、2008年の夏季オリンピックを目標にしたい」」と2人は述べている。」
私は2000年にある会合で推進委員の方にこれに関して説明を受けた。しかしそれから3、4年経っているがうまく進んでいないように、風の便りに聞いている。それは何故か?私は囲碁をオリンピックにするには問題が多すぎると思っている。それを統括すべき立場は誰か、日本棋院か?国際囲碁連盟か?オリンピック進出のための問題点として私は次の点を挙げたい。
囲碁梁山泊誌(季刊、関西社会人囲碁連盟の同人誌)2003年盛夏号によると、「新聞記事によると、国際囲碁連盟がこれまで進めてきた囲碁をオリンピックの正式競技にと言う活動を断念したと言う。その理由は、オリンピックそのものが縮小傾向にあるため実現不可能と諦めたらしい。夢は夢として持ち続けても、別に不都合はないと思うのだが、いかがなものだろう」
1月16日の「加藤九段の会」で加藤九段(現日本棋院副理事長)にその真相を聞いた。「確かに7年前に話があったが一企業の企画であり、おかしいと思って、私(加藤)と大竹九段は話に乗らなかった。一部の人は踊らされてしまったが、結局、みんなおかしいと気付いて降りてしまった」。なおチェスとブリッジがオリンピックの正式種目に登録されたと言うのもウソで単にエキシビジョン参加を認められたに過ぎないと言う。
検証
世界平和に貢献するゲームと言う見方で各種ゲームを検証する。
将棋
将棋には国によって色々な将棋があり、ルールが異なる。日本将棋を他国に押し付けるわけには行かない。従って将棋は国際性がない。将棋雑誌を見ても棋士に外国人はいない。確かにゲームとしての奥の深さでは日本の将棋は優れている。その分ルールが複雑になっていて、幼児には無理がある。棋力差をカバーするためのハンディキャップの基準が不明確。棋力差が大きいと手合割が出来ない。時間短縮のために盤を小さくする、と言うことが出来ない。年を取ると将棋は疲れるらしい。チェスはかなり世界中に広がっており、オリンピックにも認可されているが日本の将棋が世界中に広がるとは考えにくい。日本将棋を世界に広める団体があることは聞いてはいるが、、、
オセロ
オセロは何故か日本の一オモチャメーカーの商標登録になっている。発祥は戦後すぐの旧制水戸中学校の生徒だと言う。しかし英国では19世紀末からリバーシと言う同じようなゲームが普及していたそうだ。日本ではリバーシと言っても通じない。オセロの商標登録をしたメーカーが殆ど独占的に販売しているから、これを世界のオリンピックの種目にするのは不可能と思う。
オセロは100%左脳(論理脳)のゲームだから、コンピューターに人間は適わないと言われている。
チェス
既にオリンピックの種目になっているのだから、世界平和に貢献できると言うお墨付きを貰った事になる。しかし奥の深さ、複雑さは将棋には遠く及ばない。現に数年前に世界チャンピオンがコンピューターに敗れている。
ポーカー
ウソつきゲームだから、世界平和には向かない。人格形成上も問題。
マージャン
漢字ばかりで国際性がなく、ギャンブル性が高すぎるから、世界平和には向かない。幼児やご老人には無理。とはいっても私が囲碁指導に訪問している小学校のはまっ子ふれあいスクールでは簡易マージャンをやっている所が多い。
花札
私はやったことがないから、分からない。世界中に広まっているとも聞かない。
ブリッジ
既にオリンピックの種目になっているのだから、世界平和に貢献できると言う事であろう。私はやったことがないから何とも言えない。4人いないと出来ない、ルールが多いと言うのでは子供、幼児には出来ないのは問題と思うが、、、
囲碁
囲碁は碁石の色(白黒)の事を除けば全てにおいて、世界平和に貢献できると言える。私が囲碁普及を専門的にやっているから我田引水的に言っているのではない。以下に分析的に検証する。
国際性:文字を使わないから国籍・言語・宗教・文化を問わない
年令:2才児から100歳のお年寄りまで、入門者から名人までが、出来る。碁盤サイズを6路盤から19路盤まで、棋力差は置石のハンディーでいくらでもカバーできる。置石だけではカバーできなくなったら、碁盤サイズをダウンすればいい。6路盤ならば50級と名人でも4、5子置けばいい。本碁は幼児や入門者には無理だから石取りゲームで遊ぶ。これは囲碁の強みであり、独壇場である。他のゲームが逆立ちしても太刀打ちできない。
性別・体力:関係ない。
その他:囲碁は感性だけでも打てるから高齢で考える力がダウンしても、楽しめる。障害者に石取りゲームを指導している団体もある。
ペア碁、リレー碁などのチームプレーも出来る。
既に世界中に4000万人の囲碁ファンがいて、世界アマ囲碁選手権大会に60数か国が参加している事を考えると、囲碁の国際性と世界平和への貢献度は全てのゲームを凌駕していると言えると思う。私は囲碁はオリンピック参加は無視して、独自に世界平和のために1人でも多くの人に(幼児からご老人まで)普及活動を展開するのが賢いと思う。既にかなりいい所まで来ているのである。囲碁のオリンピック参加にこだわることはないと思うが・・・・