平成16年4月リリース
囲碁と将棋は仲良く日本の伝統ゲームとして人気を2分して来た。囲碁と将棋を間違えたり、似たようなものと思っている人もいる。考えてみれば衣食住に事欠く終戦後の日本では、ゲームどころではなかったから、戦後の貧乏を経験している人たちにとって囲碁や将棋などはどうでもよかったのであろう。しかし今や子供たちは誰でも簡単に遊べるテレビゲームやゲーム機、ビンゴゲーム・オセロ・などに興味が向いている。囲碁・将棋にとっては大ピンチである。ヒカルの碁によって囲碁人気が高まり、将棋の方にも影響しているようである。しかしいずれ熱しやすく冷めやすい日本人は囲碁離れの時代に戻ると思われる。将棋は囲碁と違って子供たちにも人気を持続しているように私には思える。多くの小学校の遊びの場(はまっ子ふれあいスクール)では5、6年前も今も将棋は子供たちにオセロ同様に人気がある。
将棋 囲碁 勝敗 王を取れば勝ち 「地+ハマ」の多い方は勝ち 思考の難易 駒の取りあい 石取り、地取り、死活の3元性 取り・とられの関係 取り、取られが対峙している 取り、取れれが対峙していない ヨミの難易 同じ地点で取り取られが発生するから読みやすい。初心者でも数手先まで読める 初心者は攻め合いのヨミを3手先まで読むのは至難
将棋の世界には将棋に関心のない一般大衆にも人気のある棋士が何時の世にも存在する。私は将棋は子供の頃少しやっただけで後は全く興味はないが、木村、升田、大山など一昔、二昔前の棋士の名前がすぐに浮かぶ。最近ならば中原、米長、羽生、谷川などの名前が浮かぶ。
一方、囲碁界では一般大衆に人気のある棋士は極めて少ない。恐らくこの5、60年振り返って大衆にも知られている棋士と言えば呉清源くらいであろう。何故だろうか。私には不思議である。私は人気は感性豊かな棋士であることが必要と思うが、囲碁棋士は職人的で感性を磨くゆとりが無いほど、囲碁漬け人生になっているのであろうか。
会館、組織
将棋は分かりやすさ、入りやすさで大衆的ゲームである。だから特別に将棋普及活動は要らないようである。私は将棋は子供の頃少しかじっただけで、後は囲碁オンリーである。だから市ヶ谷の日本棋院にはよく出入りするが、日本将棋連盟の本拠地である東京千駄ヶ谷の将棋会館には昨年参考までにと、初めて訪問した。1階の売店に暫くいたが、職員の姿も殆ど見えず、客も殆どいなかった。静かなものである。
一方囲碁は日本棋院が日本の総元締めとして君臨している。東京市ヶ谷の日本棋院会館は建物も大きく、職員も多く、いつも訪問客で賑わっている。日本棋院は東京に市ヶ谷の本館と八重洲の囲碁センターがあるからその規模は膨大で将棋会館は足元にも及ばない。囲碁は大変な普及努力(?)をしているが、将棋はあまりしていないという事になるだろう。
プロ棋士の人数
これでも将棋の人口1200万人の総元締めである。囲碁人口400万-500万人の2-4倍である。プロ棋士の人数は将棋は百数十人、囲碁は日本棋院と関西棋院合わせて440人、プロの人数は囲碁の方が3−4倍多く、アマチュアは約将棋の方が3倍多い。囲碁はプロ人口と普及組織はバカでかいが、アマチュア囲碁人口は将棋に比べて圧倒的に少ない。プロ1人に対するアマチュア人口は将棋は約10万人に対して、囲碁は1万人である。実に10倍の差がある。
まとめ
これらから次のことが言えると思う。、将棋は大衆性を持っていて、推進組織やプロ棋士が少なくても、将棋ファンはしぶとく生き残っていて、伝承されている。しかるに囲碁は大衆性が無く、大掛かりな推進組織を持ち、多くのプロ棋士を抱えているのに、囲碁ファンは激減してしまった。50−60年前の囲碁の最盛期は囲碁ファンは1200万人と言われていたが、数年前は400万人と3分の1になり、ヒカル効果でようやっと500万人に戻した、と言う事になる。囲碁は大衆化に向けての革命が必要である。本件は囲碁の大衆化革命を参照されたい。
羽生善治名人王座はかつて「研究が進めば、序盤と終盤はある程度パターン化され、人間が勝負をつけられるのは中盤の数手の工夫しかなくなる」と語っていたと言う。これは日本棋院発行の週刊碁4月5日号の「将棋界あれこれ」からの引用である。更に引用すると、将棋の1局の平均手数は110−120手とされている。コピー将棋と言う言葉があるそうであるが、最近70手まで以前に指された将棋と同じであった、という事が発生した。将棋界の最高記録は101手までの終局直前まで同一局面が続いたと言う。これは意識してコピーしたものではなく、1手、1手ベストの手を指し合って、結果として同じ手になってしまった、と言う事らしい。
囲碁界はこれほどの事は起こらないが、序盤で20手くらいまで同じ手が繰り返される事はざらにある。また定石では同じ手が繰り返されているわけである。布石も定石も対局者は必ずしもコピーとして打っているわけでなく、ベストを尽くした結果であろう。この点では将棋と同じとも言える。
将棋の70−101手と言えば平均手数110−120手の61−88%である。また羽生名人の言とあわせ考えるとだれが言い始めたのか記憶に無いが、将棋は右脳(感性)50%、左脳(記憶・計算)50%、囲碁は右脳80%、左脳20%。を思い出す。因みにオセロは100%左脳、チェスは将棋とオセロの中間。
コンピューターは左脳だけの働きだから、オセロについては人間はコンピューターに適わない。対戦型のコンピューターソフトは将棋はアマ3段くらい、囲碁はアマ初段に近づいたと言う。将棋は10−20年後?にはプロもコンピューターにやられる時代が来るだろう。囲碁もその数十年後にはプロがコンピューターにやられるときが来るだろう。
最近(05〜06年)将棋のプロがコンピューターにやられそうになって、将棋界に衝撃が走り、米長邦夫日本将棋連盟会長はプロのコンピューターとの対局を禁止したと言う記事が発表されている。
チェスは数年前に世界チャンピオンがコンピューターに敗れたことが話題になった。オセロは左脳を必要としないからコンピューターの独壇場であろう。
囲碁は世界アマチュア選手権大会が毎年日本で開催され、近年は60数ヶ国が参加している。世界の囲碁人口は凡そ4000万人と言われ、プロ棋士には、外国人もいる。一方将棋は国際性は無いと言ってもいいくらいに将棋雑誌を見ても外国人の名前は無く、国際的な記事も無い。日本の将棋は日本将棋であり、他の国にはその国の将棋がある。日本の将棋は最も複雑で奥が深いと言われれており、この日本将棋を他の国にも普及しようとしている団体があることは聞いているが、苦労が多いと思う。これを書いている最中に朝日新聞5月28日朝刊に「囲碁・チェス・ブリッジ・チェッカーが「頭脳スポーツ」でも五輪を」の記事が出ていた。今年10月にモナコで開くGAISF(国際競技連盟連合)に国際囲碁連盟(会長=利光松男氏)も出席し、審議される。これに将棋や麻雀が入っていないのは国際性の関係だと理解される。