2000年のトピック:7/8/9/10/11/12
トイレ博士
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12のトピック
12月も引き続き、日本のトイレの歴史について、お話しましょう。
 世界の便器は大別すると、座り式(いす式)便器としゃがみ式便器に分かれます。この境界はトルコのイスタンブールで、ここより西は座り式、東はしゃがみ式です。現在でもこの境界は変わっていません。
 日本では平安時代から、しゃがみ式便器が使われていましたが、このしゃがみ式便器に「きんかくし」がついているのは、現在まで日本の便器だけです。
 平安時代の便器についていた「きんかくし」は、板とその上についた丸い棒でした。当時の高貴な人たちは、この「きんかくし」を後ろにして、用を足していたのです。
 お姫様がトイレに行くと、侍女がついてきて十二単の裾をまくり上げ「きんかくし」に掛けます。用が済み次第侍女は、十二単の裾を元に戻します。お姫様は何もなかったかのような顔をして殿中に消えるのです。この当時「きんかくし」は、「きぬかけ」と言う言葉が変わった物で、何時から「きんかくし」という呼び名に変わったのかは分かりませんが、江戸時代末期までこの形が使われたのは確かです。
 トイレで出された糞尿は、砂の入った箱に落ち、家来がその箱の糞尿を捨てます。ちょうど、今の猫のトイレと同じと思えばよいのです。 また男性は、杉の葉を敷き詰めた箱の中に、小便をしました。杉の葉により臭いと音が消されたのです。
 京都東福寺にも、修行中の禅僧のためのトイレがあり、「東司「西淨」「登司」「雪隠」と呼ばれていましたが、この中「東司」だけが現在まで残っていて、一見丸ごとトイレで、建物の寸法は幅10m奥行き27mもあり、立派な物です。このトイレを利用するには、実に厳しい決まりがあり、用を足すことも大事な修行と考えられていました。
 急にもよおしても、駆け込んで済ませることはできなかったのです。
 12世紀鎌倉時代の絵巻「餓鬼草紙」の中に、食糞餓鬼が群がって脱糞したりして、周囲に紙や糞べらが散らばっている、いわゆる野糞の図であります。これは今で言う街角の公衆トイレでの絵ではないかと思います。 この「餓鬼草紙」が尻の始末に紙を使っている、最初の書籍による記録です。当時紙は非常に高価なもので、手紙などをしたためるのに使われていましたが、排便後の処理に、まだ一般人が紙を使う事はありませんでした。
 日本人がトイレで紙を使うようになったのは、平安時代と言われていますが、当時は貴族だけでした。戦国時代には大名も尻を紙で拭くようになったようです。
 大阪夏の陣で、戦いに敗れ落ち延びる石田三成が用を足し、紙で尻を拭きその紙を置いて逃げていきました。
 豊臣の残党を追っていた徳川軍は、尻を拭いた紙を見て
「うん、さぞ位の高い武将が逃げたに違いない。追え!!!」
 その結果石田三成はとらえられ、首をはねられました。「うんのつき」とは、このような行動を指すのではないでしょうか。


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11のトピック
 10月に続き、日本のトイレの歴史をお話ししましょう。前回は古墳時代までお話ししましたので、今回は飛鳥時代以降のお話をしましょう。
 飛鳥時代は古墳時代後期と重なりあう時代で、前回と同じ時代と考えられますが、法隆寺、飛鳥寺などが建立され、主に大和飛鳥地方に都があったので、こう呼ばれています。
 次の都は「藤原京」で、「平城京」の原型となった都です。この都は「平城京」に遷都 されるまでの(694年〜710年)16年間しか続きませんでした。
 トイレから考えると、この「藤原京」が短命に終わったのは、川の流れる方向によると 考えられます。
 「藤原京」には、「飛鳥川」と言う川が、都の中を流れています。この「飛鳥川」は、南から北へと流れていましたが、都は北が上位で、そこには貴族たちが住んでいました。
 貴族のトイレは、川から水を引き込んだ、都大路の道路側溝を屋敷内に引き込み、その引き込んだ水路の上に屋根をつけ、その水路をまたいでウンチをしたようです。雨の後は道路側溝にも流速があり、底にウンチが溜まることはありませんでしたが、晴天時は道路側溝には、都の人たちのウンチが溜まっていたようです。もちろん屋敷内に道路側溝を引き込んで「厠」として利用していたのは、上級官人以上の人たちです。「大宝律令」には貴族たちが、屋敷内へ道路側溝を引き込むことを禁止するおふれが、たびたび出されましたが、貴族たちはいっこうに聞き入れようとはしませんでした。

当時、わが屋敷内に設置された「厠」は、上流階級のステイタスではなかったのでしょうか?

 こんな時代には、都を流れる川は、上水道であり、下水道であったので、非常に重要な意味を持っていたのです。
 「平城京」は(710年〜784年)「長岡京」に遷都されるまで、大和盆地に74年間都をおいていました。
 この「平城京」には「秋篠川」が流れていましたが、この川は平城宮から下へ、北から南へと流れていたので、問題はありませんでした。
 「平城京」と「平安京」の間の時代に都があったのが「長岡京」で、この「長岡京」も(784年〜794年)10年間の短い間の都京でした。廃都となった理由は洪水や怨霊が出たからと言われていますが、不思議な天候異変がまさに怨霊による“たたり”と信じられていたのでしょう。しかし政治史、文化史上は、注目すべき都であったと言われています。
 その後の時代の都「平安京」は(794年〜1185年)391年の長きにわたって続きました。京都盆地に初めて作られた「平安京」でも「鴨川」が「平安宮」から南端の「朱雀門」の方へと流れていたので問題はなく、水の流れる方向だけで、「平城京」は70年以上、「平安京」は390年以上繁栄したようです。

このように、トイレから歴史を考え直すのも、おもしろいものです。



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10のトピック
 前回は日本のトイレを表す言葉をについて説明しました。今回からは、日本のトイレの歴史についてお話ししましょう。
 まず、縄文時代のトイレは、川岸に張り出した所にあり、川に直接排便をしていました。現在は、川の中にも杭などが残っていませんが、遺跡では杭の先だけが川底に残っている場合があり、その付近の川底から糞石(ウンチ君の化石)が見つかる事があります。今まで、縄文時代は狩猟をして生活していたため、定位置での排泄はしていなかったと言われていましたが、最近では、縄文時代も狩猟がすむと自宅に帰る、いわゆる定位置での居住をしていたと考えるようになってきました。日本人は決して狩猟民族ではなかったようです。
 弥生時代も縄文時代と同じように、川に直接排泄をしていました。これが厠(川屋)の原型です。”かわや”には、現在のボルネオやタイの水上トイレに見られるように、簡単な屋根ぐらいは設けられていた物もあると考えられます。
 本居宣長の「古事記伝」によれば、「古厠は溝流の上に造て、まりたる屎は、その水に流失る如く構たる故に河屋とは言なり」とある。
 古墳時代に入ると、住居を構え、その周りには敵や野獣から身を守るための堀が掘られ、その堀がトイレになったようです。この堀からは縄文時代と同じような糞石、他に糞虫、寄生虫の卵などの化石が発見されました。この糞虫は日本では”ふんころがし”と呼ばれています。色、形はコガネムシと同じですが、6本の足の先がへらのようになり糞の中で泳ぎやすいようになっています。糞虫は、昭和30年代まで日本全国の馬屋にいましたが、今は奈良公園の鹿の糞の中にかろうじて生息しているようです。
 エジプトではこの糞虫を”スカラベ”と呼び大切な昆虫と考え、王冠や首飾りに付けられあがめられました。この”スカラベ”は糞を転がす仕草から、太陽を転がすすなわち太陽の昇、降運動を司る神の使いと考えられていたようです。
 もう一つの寄生虫の卵は、最近の顕微鏡の発達により見つけることができるようになりました。それまでは、住居のあった所で大きな穴を発見しても、全て大黒柱の穴の跡と発表されていましたが、そんな沢山の穴の中にも、一箇所に一つは便槽があったようです。
 昔の人も、今の人も生きている限り、糞尿がでることは同じです。もちろん食物の質、飲み水の量など、生活環境によって出る糞尿の内容も量も違います。例えば、太平洋戦争の最中、南方の島に駐留していた日本兵が全滅しました。砲撃は島の形が変わるほどだったようです。攻撃前米軍のスパイが、日本兵の数を数えに上陸しました。ポットントイレに溜まる糞尿の量から、駐留している日本兵の数を割り出そうとしました。アメリカ人の糞尿の量から換算すると、1000人の日本兵が駐留していると考え、そのつもりで攻撃しました。全滅した島に上陸した米軍の見た日本兵の死体は、500体でした。主に肉を食べるアメリカ人と、野菜類など繊維質を多く取る日本人の糞尿の量の違いが現れた一例です。


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のトピック

 昔から日本には、トイレを表す言葉が沢山ありますが、今回はそれを説明しましょう。

はばかり 人の目をさけて(はばかって)用を足すところ。ウンチやオシッコは、何となくはずかしいから。
ご不浄
(ごふじょう)
表に出せない陰の存在。「ご」は敬語。ウンチやオシッコのことを不浄と言うから、トイレ自身も不浄と呼ぶ。
遠方
(えんぽう)
人目の届かぬ遠いところへ行って、用を足す。
便所
(べんじょ)
仏教からきた言葉で、便利なところと言う意味。今まで外で済ませたり、部屋の隅でそっと用を足していた人にとって、まさに便利なところだった。
手水場
(ちょうずば)
神社にある手を清めるところが手水場。その名がトイレのそばの手洗い場にも使われ、後にトイレのことになった。
雪隠
(せっちん)
昔中国の霊隠寺に、トイレ掃除をとても熱心にする雪套(せっとう)和尚と言う人がいました。この和尚の名前の「雪」と、お寺の名前の「隠」をとって雪隠となりました。

(かわや)
もともとは川屋。川のそばや、川の上に作った小屋トイレのこと。家のそばに小屋トイレを作ることもあり、これを側屋とよんだからとも言われていますが、これは間違い。
東司
(とうす)
禅寺では寺の東側のトイレを「東司」と呼ぶ。もとは厠の守護神のこと。北側のトイレを「雪隠」、南側を「登司」、西側を「西淨」と呼んだ。京都東福寺の「東司」は有名。
後架
(こうか)
トイレはたいてい家の奥、後の方に作られたからこう呼ばれました。もともと禅寺の後ろの方にある洗面所のこと。
高野山
(こうやさん)
ここには金剛峯寺があり、寺には髪の毛を落とした坊さんがいます。トイレでも紙を落とすから、こう呼ぶのです。
閑所
(かんじょ)
人が入ってもひまなところ。ひまだからトイレで新聞を読む人がいたり、落書きをする人が多いようです。
装者所
(よそものどころ)
これは服を着替える部屋と言う意味で、昔中国の身分の高い人は、トイレに行くと服にニオイが付くので、そのたびに着替えたと言います。
このように沢山トイレを表す言葉があります。日本ではあまりストレートに言い表しませんが、今でも使われている言葉があります。さてあなたはいくつご存じですか?


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のトピック

 前回は、紙の無駄遣いをしないようにお願いしましたが、今回は日本人が「湯水のように使う」「水」についてお話しましょう。

我々は「水に流す」と言うように、どんな物でも「水」に流せば、それで全てが終わると考えています。同じような考えはヒンズー教の中にもありますが、ヒンズー教では流れる水のなか(例えば川に流す)にあるものは全て美しい(清潔)と考えます。

 インドネシア等の国では川の水が「風呂」であり「トイレ」や「ご飯を炊く水」全て生活に必要な水を前の川から得ています。このように「水」を大切に使用しています。もちろんご飯は茶色く、少し「えぐい」ようですが。

 日本ではどうでしょうか?

 日本では化石燃料を使い、生成された飲料水を使って、「風呂」「トイレ」「ご飯を炊く水」に利用しています。もちろんインドネシアのように、川の水をそのまま利用しろとは言いませんが、飲料水でトイレを流すのは、地球環境のためにも考えてほしいものです。

 日本人が一日に使う水の内、2リットルが飲食用に利用される水です。つまり口に入るのは、たったの1%なのです。


平均的な日本人1人1日当たりの水使用量は、右の表のようです。

トイレの流し水も全使用水量の20%を占めています。
 最近では「東京ドーム」「国技館」等でも、屋根に降った雨水を地下のタンクに 溜め、トイレの流し水や植木の散水にも使用しています。

1人1日あたりの水の使用量
用 途 使用水量(1/人・日リットル 構成比(%)
平均(最小〜最大) 平均(最小〜最大)
入 浴   64 (21〜144)   32  (14〜51)
洗 濯   44  (22〜79)   22  (10〜37)
トイレ   36  (23〜56)   18  (11〜33)
台所・その他   56 (16〜113)   28  (11〜41)
合 計 200 100
 新宿の副都心ビル街では、ビルで使用した水が「落合処理場」で浄化され、その処理水がもう一度副都心のトイレの流し水として使用されています。
 最近は、町の中が全て「アスファルト」や「コンクリート」で覆われ、降った雨はしみ込むこと無く全てが川へ流れ込み、川を氾濫させ災害をおこしています。
 下水道が通じ、それまで使っていた浄化槽がいらなくなったならば、その古い浄化槽を雨水溜めの地下タンクとして利用してみてはと考えます。


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のトピック
今月から、三重県下水道公社のホームページの中で、下水道やトイレについてお話をします、 日本トイレ協会運営委員の長岡良司です。
皆さん、水洗トイレになって「うんちくん」は、排便後すぐに見えなくなり気持ちのよいものです。 でも、本当に見えなくなって、無くなってしまうのでしょうか?
今の世界、「有」が突然「無」になることはありません。「有」は形を変えても、いつまでも存在するのです。
下水道がそうです。皆さんがトイレに行って「うんちくん」をします。 「うんちとトイレットペーパー」は、トイレを後に水道水(飲料水?)と一緒になって、下水道本管のなかを流れ、 それぞれの下水浄化センターにやってきます。
下水浄化センターに到着した「うんちたち」は、好気性、嫌気性のバクテリア達によって食べられ、 きれいになった水だけが川や海にもどされます。おなかの大きくなったバクテリアは、重くなって底に沈んでしまいます。
これが下水浄化のしくみで、バクテリアの食欲を利用した生物処理と言います。薬品を加える化学処理ではありません。
 
日本語の表現に、 「湯水のように使う」 という言葉がありますが、 「湯、水」は「ただ(無料)」でしょうか?
そんなことはありません。沢山の化石燃料を燃やし、皆さんの飲料水を作っています。
「トイレットペーパー」を日本人女性が一日に使う量の平均は12.5m、男性の平均は3.5m、で男女平均8.0mです。
日本人が一日に使う「トイレットペーパー」を地球の赤道に巻き付けると10回以上巻きつきます。
これだけ多くの「トイレットペーパー」が日本で消費されるのですから、深刻な世界の資源問題として考えなければなりません。
今までは、バージンペーパー(新しい紙)が安かったので、そればかり使われていましたが、最近は古紙のリサイクルを行い、 高くても古紙混入の「トイレットペーパー」を使う。さらに古紙100%の物、より環境に配慮したものへと変わってきました。
トイレで水を流す前に、もう一度地球環境について考えてほしいものです。


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