Sound of Bread Column
このページはブレッドについての゛何でもページ゛です。Informationの公式情報以外に管理人が得たオフレコ情報、雑文、短評等など不定期に書き込んでいきます。

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又もや出ました。ベスト盤(笑)このCDがリリースされた意味もタイトルもよく解らないけど音はGood。グリフィン&ロイヤーの曲も多くて良い。ジャケットには何も書かれてないけどAmazon等によるとデジタル・リマスタリングとの事。各楽器からの音質の鮮明度は抜群!初期のCDと比べ物にならない。う〜ん、オリジナル・アルバム全部リマスタリングして再発して欲しいっすね。

Make It With You : Warner Platinum

Farewell MB

突然のマイクの訃報。ジミーに続いて今年メンバー二人が逝ってしまった。言葉もない。
僅かな映像の中で振り返ってみればマイクは陽気で茶目っ気がありブレッドの中で明るさを持った存在であったのでは。
ドラマーとしてはブレッドの幅広い楽曲に対応したプレイは見事だった。多くのセッションが物語るようにウエスト・コーストでも信頼のあるドラマーだった。
唯一のリーダー・アルバムAdults Onlyではブレッドのメンバーのソロ作品では最もロックしており最もファッショナブルであった。また隠れたその才能には少々驚かされた。
デヴィッドのコンサートで再びタイコを叩いてほしかった‥
61才の誕生日の翌日逝去。合掌。

過去リリースされたブレッドのA面シングルは全15曲(日本では13曲)。この内12曲は米ビルボード・トップ40にランクされている。このトップ40チャートイン率は非常に高い。凡そ10年前の日本のある調査(Top40÷Hot100)ではブレッドは5位のランクに入っていた。因みに1位はスリー・ドッグ・ナイト。2位バリー・マニロウ。3位ポール・マッカートニー、エルトン・ジョン。で、ブレッドは実動年数が約4年半という事を考えればほんとに凄い数字だ。如何にデヴィッド・ゲイツの曲にヒット性があるかという事を証明している。またメンバー全員にそれ程の素晴らしいポップ・ミュージックを創り上げる才能があったという事だろう。

Top40

Bread Live Sound

ブレッドのライブ・サウンドは公式には全く発表されていない。また映像も一部を除いてライブ・ビデオなる物も今の今まで公式には一度もリリースされていない。日本の多くのブレッド・ファンは残念というか情けない思いで一杯だ。
それでもブレッドはこれまで多くのライブを世界中で行ってきたのである。1997年のリユニオンに至ってはアジアや南アフリカ等も含めてワールド・ツアーを実現(解散しているのになんでワールド・ツアー?)している。
熱狂的なブレッド・ファンを自認する?私にとってこれらのライブを実経験していない事実は全くもって情けない。(でもゲイツのライブはCAまで観に行きました)
で、ひょんな事から1972年、1978年、1997年のライブ・サウンドを入手した。(映像ではありませんが)音は例によってかなり悪い。でも臨場感は流石ライブ。レコードやCDで聴いてきた名曲のイメージとはいい意味で一味違う。で再認識した事は彼らはライブでもやっぱり凄い。ほんと上手い人達のバンドだなあとつくづく‥。
72年のはラリー参加後のブレッドのそれこそ全盛期で、首都ワシントンでのライブ。‘ロッカー’ジミー・グリフィンがばりばりやっている!Fancy Dancer やTecolote, Mother Freedomなんかのプレイはブレッドはほんまにソフト・ロック・グループなんすか?!と思わず叫んでしまう。Anyway You Want Meのファンクさもしかり‥.。熱狂的なギャル?の嬌声に掛け合うジミーは当にこの時期旬だった。

78年のは正式解散後のロンドン公演でグリフィンだけ居らず名セッション・ギタリストのディーン・パークスが助っ人に入っている。だからゲイツの一人舞台といってもいい。(Goodbye Girlもやっています)。真面目なロンドンっ子聴衆を前に真面目にしっかりとした演奏を披露。ゲイツはこの頃からジョークを言っている。
97年のはリユニオン・ワールド・ツアーでカリフォルニアのコスタ・メッサでのライブ。例のストリングス団を導入。For All We KnowからBridge Over Troubled Watersの演奏前にはアカデミーとグラミーの受賞者をメンバーに持ったゲイツがさり気無く誇らしげに紹介している。ゲイツとグリフィンは殆どアコギに専念しているから全般的なサウンドが柔らかな感じでイイ。また二人のハモリの素晴らしさは随所で聴ける。Look What You've Doneのグリフィンのハイ・パートもほんと素晴らしい。バック・メンバーが充実している分このリユニオン・コンサートのサウンドはアレンジが多彩でなかなか良い。ゲイツは相変わらずジョークを連発中!。当時のパンフレットには日本語の挨拶文もあったのになんで来なかったの?

(以上彼らのライブのほんの一つまみ?と思われるシーンをこの場で少し紹介してみました。)

Melody Maker

デヴィッド・ゲイツの事を言っている訳ではない。ジェイムス・グリフィンのソロ・シングルBreakin' Up Is Easyのイギリス盤のB面である。おそらくアルバムBreakin' Up Is Easyの製作時にレコーディングされたトラックだと思う。これがアルバムには収められなかったのが惜しい。グリフィン&ロイヤーの作品中最もアメリカ南部を感じさせる、そうオールマン等がやりそうなご機嫌な乗り乗りのR&Bナンバーである。バッキングも定かではないがアルバムのレコーディング・メンバーと想像される。リズム・ギターのカッティングが特徴でグルービー感のあるベースも冴える。リード・ギターはグリフィンと思われる。のびのびとワイルドにロックンロールを歌っている。いずれCDで日の目を見たいものだ。

Bread Cover

Bread Coverが50回目を数えたところで少し書き込み。ブレッド全盛期の頃は彼らのカヴァーはあまり知られていなかった。というより現在と比較にならないほど情報不足であった。ブレッドの曲をカヴァーをするアーティストは殆どいない等と公言していた音楽評論家もいたが‥。今インターネットの拡大により多くのカヴァーが発掘され音楽ファンが知ることになる。また現在もブレッドの曲はビッグ・アーティストにカヴァーされ続けている。名曲は永遠の証。

ところで1994年頃のデヴィッド・ゲイツのあるインタビューで、多くのカヴァーがあるEverything I Ownに於いて、ジェイムス・グリフィン(レミントンズのカヴァー)のカヴァーについて、゛興味があったし、ジェイムスのヴォーカルは素晴らしい。しかしオリジナルの域を出ていなかった゛、と。また゛クリスタル・ゲイルのカヴァーは原曲の持つ感情性を導き出した゛、と語っている。

♪今回これまでBread Coverで採り上げたカヴァー・ナンバーに管理人独断と偏見で曲の評価を五つ星(一つ★単位)で付けました。(複数曲のアーティストについては平均、アルバムの評価ではありません)

Bread Cover

1991.Larry Knechtel Interview     (この記事は2008年に起筆したものです。

ラリー・ネクテルは今年で68歳になったが、最近ではディキシー・チックスのアルバムに参加しライブ・ツアーにも同行する等今だ元気な姿を見せている。ところでラリーは1991年秋にエルビス・コステロのバンド、ルード・ファイブのワールド・ツアー・メンバーとして来日している。その時に日本の音楽雑誌がインタビューを行っているので、一部概略を紹介。
ラリーが初めてプロ・ミュージシャンとして参加したのは1958年、ブラック・ミュージックのエド・タウンゼントで、翌年デュアン・エディのバンドに参加。その後ベースを弾く事も多く、ビーチ・ボーイズの「ヘルプ・ミー・ロンダ」、S&Gの「ミセス・ロビンソン」、メイソン・ウィリアムズの「クラシカル・ガス」、ドアーズのファースト・アルバムでもベースを担当した。当時はキーボードとベースの割合が6:4だった。スタジオマンとして毎日スタジオに入り込みだったが、ジャン&ディーン、ママス&パパスのライブにも同行した。ライブはワイルドにプレーできるので好きだと言う。因みにナッシュビルでのブルース・バンドで演奏している時が一番楽しいらしい。
ブレッド解散後はカナダ国境近くで10年牧場生活だった(誰かと同じ)
コステロのバンド参加についてはベーシストのジェリー・シェフの推薦だったとの事。コステロのライブで使用したキーボードはハモンド・オルガンB-3、デジタル・ピアノ、D-50。
普段はブルース・ジャズが好きでジミー・スミスやブラザー・ジャック・マクダフ等を聴いているとの事。    (インタビューの一部を要約)

来日時のラリー・ネクテル。コステロのライブ・ツアー・シャツを着ている

Larry Knechtel Official Web Site

ラリー・ネクテルは2009年8月20日心臓発作にて逝去しました。ご冥福をお祈りします。