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コラム
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2004年のボジョレー・ヌーヴォー(ボージョレ・ヌヴォー)の解禁日は11月18日木曜日でした。 世界大戦後1951年11月13日に現存の制度が制定されてから約半世紀ですが、日本の輸入量はバブル以降落ち込んだものの、近年は増加傾向で、今年は90万ケース以上、1,000万本/750mlを超える新ワインが輸入されます。 これはボジョレー地区のボジョレー・ヌーヴォーの年間平均生産量約6,000万本/750mlの17%近くになり、昨年(60万ケース)の50%増しです。 昨年は100年に一度の当たり年といわれ、売れ行きもよかったようです。今年は昨年ほどの前評判はありませんが、果たしてどの程度の出来栄えか、消費者の評価が待たれます。 1.ボジョレー・ヌーボーの歴史 ボジョレー・ヌーボー(Beaujolais Nouveau)は、ガメ(ガメイ)種(Gamay noir)のブドウで造られます。 永らくこの地域の新酒は、カラフェ売りや樽売りの安いワインで、地元や近郊の最大消費地リヨンなどの居酒屋やビストロで供されるものとされていたようです。 100年ほど前から、ガメイ種のブドウは若いワイン(Beaujolais Primeur)が美味しいと認識され始め、ボジョレー地域では収穫祭のように、栽培や醸造の関係者が集まって促成の新酒を楽しむようになったといわれます。 その後1937年ごろから、法的な制約(詳細不明、製法制限?)が課されるようになったことと、大戦のために停滞期が続きます。近郊のヴィシー(Vichy)には大戦中の臨時政府も設けられた、混乱期です。 大戦後の1951年に、1937年の制約を廃止して、地域組合が自発的にボジョレー・ヌーボーの定義を正式決定しました*。パリやリヨンでも、毎年ボジョレー新酒の出来具合を評価する愛好家が出現して、1960年代には「新しいボジョレーが到着しました」(Le Beaujolais Nouveau est arrive)というスローガンが作られました。大都市のリヨンなどでは、出来立てのボジョレー新酒(Beaujolais Primeur)を楽しむ集会などが開催されますが、あくまでも小規模、地域的なものだったそうです。 近年になり、お祭り騒ぎが演出されるようになりましたが、あくまでも地元メーカーの輸出マーケッティング戦略の一環であったようです。ボジョレー・ヌヴォーを語る時に、フランス人のインテリでボージョレ・ヌーヴォー知らない人がいたという話が色々ありますが、フランスには有名ワイン産地が各地にあり、ボジョレー地域には促成でない高級ワインのボジョレー・クリュもあります。どちらかというと、ボジョレー・ヌーヴォーは輸出向けのキャンペーンですから、知らないフランス人がいても自然といえます。 *1951年にボージョレ・ワイン従事者職業組合が結成され(the Union Interprofessional des Vins de Beaujolais, UIVB)、当初は12月15日を解禁日としました。その後11月15日となり、さらに11月の第3木曜日となりました。 |